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日本の落語家、俳優、タレント (1962-) ウィキペディアから
九代目 林家 正蔵(はやしや しょうぞう、1962年〈昭和37年〉12月1日 - )は、日本の落語家、落語協会副会長、俳優、タレント、声優、司会者、大学教員。東京都台東区根岸出身。本名は海老名 泰孝(えびな やすたか)。出囃子は『あやめ浴衣』。
九代目 Hayashiya Syôzô the 9th | |
花菱は林家三平・林家こん平一門の定紋で九代目正蔵の定紋でもある。 | |
本名 | |
---|---|
別名 | 坂東 |
生年月日 | 1962年12月1日(61歳) |
出生地 | 日本・東京都台東区根岸 |
師匠 | 初代林家三平 林家こん平 |
弟子 | 林家たけ平 林家たこ蔵 林家はな平 林家まめ平 林家なな子 林家つる子 林家たま平 林家ぽん平 |
名跡 | 1. 林家こぶ平 (1978年 - 2005年) 2. 九代目林家正蔵 (2005年 - ) |
出囃子 | 菖蒲浴衣 |
活動期間 | 1978年 - 現在 |
活動内容 | 落語家(古典落語) 俳優 タレント 声優 司会者 |
配偶者 | 海老名有希子 |
家族 | 祖父:七代目林家正蔵 父:初代林家三平 母:海老名香葉子 長姉:海老名美どり 次姉:泰葉 弟:二代目林家三平 長男:林家たま平 次男:林家ぽん平 |
所属 | 落語協会 ねぎし事務所(マネージメント) |
公式サイト | 林家正蔵 - 落語協会 |
主な作品 | |
林家正蔵の今日も4時から飲み 笑っていいとも テレビ探偵団 スパイスTV どーも☆キニナル! 天才クイズ 笑いがいちばん 林家正蔵の千客万来 林家正蔵のサンデーユニバーシティ こちら葛飾区亀有公園前派出所 みんなの手話 家族はつらいよ 梅ちゃん先生 タッチ 大富豪同心 ドラえもん のび太の南海大冒険 平成狸合戦ぽんぽこ 天才クイズ 梅切らぬバカ ハッチポッチステーション | |
受賞歴 | |
文化庁芸術祭賞・大衆芸能部門関東参加公演の部 優秀賞(2015年) | |
備考 | |
落語協会副会長(2014年 - ) | |
血液型A型。東京都立竹台高等学校卒業[2]。前名の林家こぶ平としても知られる。こぶ平時代の愛称はこぶちゃん。
1984年6月に21歳で有希子夫人と結婚する。有希子夫人のあいだに一女二男をもうける。
1994年5月29日に夫妻の長男(第二子)の泰良(やすよし)が誕生する。2013年4月に泰良は、明治大学付属高校を卒業して父の正蔵に弟子入りした。泰良は2014年8月に「林家たま平」の高座名で前座となり、2017年11月に二つ目に昇進する。
1996年7月31日、夫妻の次男(第三子)の泰宏(やすひろ)が誕生する。2019年4月、大学卒業した泰宏は兄の泰良(たま平)と同じく、父の正蔵に弟子入りした。泰宏は2020年10月に「林家ぽん平」の高座名で前座となった。泰良は「林家こぶた」、泰宏は「林家よろこぶ」の高座名で入門前から高座デビューしている。
七代目 林家正蔵 | 中根音吉 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
初代 林家三平 | 海老名香葉子 | 中根喜三郎 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
峰竜太 | 海老名美どり | 泰葉 | 九代目 林家正蔵 | 二代目 林家三平 | 国分佐智子 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
下嶋兄 | 林家たま平 | 林家ぽん平 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1978年、父親の初代林家三平に弟子入りした[2]。当初は小三平の高座名で入門させる予定だったが、三平の考慮から前座名が「こぶ平(こぶへい)」となった(子供時代に小三平の名で高座に上がったことがある[3])。「こぶ平」の名は、当時入門前で現2代目三平となる弟の泰助が「お兄ちゃんは小太りだから、こぶ平がいいんじゃないか」と提案したことが契機となる[3]。本人は「こぶ平」の芸名に不満があり、のちに「うちの親父は弟子の名前を付けるのが下手だった」と回顧している。1980年の三平の死後は、三平の惣領弟子である林家こん平門下になる[2]。
1981年に二つ目へ昇進する。2017年に長男の泰良が二つ目昇進し、史上初めて親子4代の二つ目に昇進した。1988年、古今亭志ん朝以来の最年少で真打に昇進する。親子3代の真打昇進は史上初である。第5回浅草芸能大賞新人賞を受賞する。2003年3月、落語界の活性化のために春風亭小朝、笑福亭鶴瓶ら東西の落語家6人で「六人の会」を結成し、多くのイベントを開催した[4]。
2005年3月21日、九代目 林家正蔵を襲名する。前後に師匠のこん平が多発性硬化症で落語家として活動が困難になり、以後は当初の見通しよりも早く、林家(三平、こん平)一門の総帥としてふるまう機会が増えている。襲名にあたり「正蔵」の名跡にまつわる歴史もあり、先代の弟子である林家木久扇がこん平の代わりとなって奮闘した。第22回浅草芸能大賞奨励賞受賞。
噺家としての高座以外に、マルチタレントとしてバラエティ番組への出演も多い。テレビでは温厚で気さくな坊ちゃん的なキャラクターで広く知られ、『モグモグGOMBO』で実年齢は正蔵が2歳上だが司会のヒロミの弟分的キャラクターで通し、イジられ役としてしたしまれる。正蔵襲名後にヒロミは、かつて無礼な態度を取り続けたことを半ばギャグ交じりに謝罪している。
1970年に子役としてテレビドラマに出演したのを皮切りに役者としても活動する。当時の芸名は「林家小三平」。1980年代に入ると数々のドラマに出演し、その延長でアニメでも声優として活動した。1990年に放送された『美味しんぼ』では、二世落語家の自分と同じ境遇のキャラクターである2代目福々亭末吉役を演じ、第69話では船徳の一節を演ずる。テレビアニメ『タッチ』では、上杉達也・上杉和也兄弟とバッテリーを組むキャッチャー松平孝太郎役を務め、当時同じく新米でありヒロインの浅倉南を演じた日髙のり子と共に、上杉達也役の三ツ矢雄二や藤山房伸音響監督らに徹底的な演技指導を受けた。『こちら葛飾区公園前派出所』でレギュラーの寺井洋一役を茶風林の後任として途中から務めており、アニメ内では父の初代三平の代表的なギャグである「どーもすいません」と喋る場面など、自身に関するネタがたびたび登場した。これらの経験から、ナレーターとしての活動も行っている。
「九代目正蔵」襲名後はタレント、俳優、声優の活動を減らして、おもに噺家として活動する。
「9代目正蔵」を襲名するきっかけは、自身がバラエティ番組などのメディア活動ではある程度の評価を得ているのに対し、寄席や落語会等に出て本業の落語を披露してもウケないことに悩んでいたころ、鈴本演芸場の席亭から「新しい名前を襲名したらどう?」と言われ、本人はてっきり父の使用していた名跡「林家三平」を継ぐものだと思っていたが、後々、祖父が7代目として使用した名跡「林家正蔵」の9代目と聞かされる。これは8代目と海老名家の約束であるためだが、本人は正蔵襲名を目標としていなかった[12]。
本人は断るつもりだったが周囲の薦めで襲名することになった。襲名の際は上方では真っ先に3代目桂南光に相談をしている。
先述の通り、二つ目時代からタレント活動に重点を置きながらも、大名跡・「正蔵」(江戸林家の止め名)を襲名し、師匠として自らの子息ら多数の弟子を育成し始めてもバラエティ番組出演時のイメージを払拭したとは言い切れず、女性や金銭などで「チョンボ」も多いことから、同業者からは現在でも才能の欠片もない「できない落語家」の代名詞としてネタにされることが多い。
春風亭小朝は『笑点』正蔵襲名披露口上で、
正蔵は襲名に備えて3年間で50席の古典落語を覚えた。
と語っている。正蔵に対して否定的な意見、落語関係者以外の著名人及び芸能マスコミから挙がっていることについて、
文句を言うなら、まずは彼の落語を聴いてから文句を言って欲しい。
ともコメントした。
襲名決定以降は、より積極的に高座に取り組み、高座を優先するためにタレント活動を抑えている事がこの文面からもうかがえる。
前名である「こぶ平」の名前は、自身の子息が弟子入りを希望した際に名乗らせたいとしているが、2013年に弟子入りした長男の
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