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レッドデイヴィス

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レッドデイヴィス
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レッドデイヴィス (Red Davis) [1]日本競走馬。おもな勝ち鞍は2011年シンザン記念毎日杯鳴尾記念。馬名は「冠名+ジャズ奏者マイルス・デイヴィスより」で、母名ディクシージャズからの連想による[3]

概要 レッドデイヴィス, 欧字表記 ...
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戦績

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[4]

音無秀孝厩舎入厩当初から調教で集中力がなく行く気がない気性であったため、陣営はこのままでは能力を十分に発揮できないと判断し、デビュー前の2010年7月去勢手術が行われた[5]。手術から2か月後の9月19日、阪神競馬場での2歳新馬戦でデビューし、2着、2戦目も2着ののち、3戦目で初勝利を挙げる。千両賞9着を挟んで出走の500万下条件戦では1位入線も進路妨害により10着に降着となった[6]

年明けて3歳初戦のシンザン記念では先行からの競馬から、のちのクラシック三冠オルフェーヴルの追い込みを1馬身半差退けて重賞を初めて制した[6]。続く毎日杯も制して重賞2勝目を挙げたが[7]、5月の京都新聞杯は10着に終わり、レース後に右第1指骨の剥離骨折が判明して休養を余儀なくされる[8]。7か月の休養後、12月の鳴尾記念で復帰して、レースではショウナンマイティの差しをクビ差凌いで重賞3勝目を挙げた[9]。その後は有馬記念に出走も、オルフェーヴルの9着に終わった。

古馬になってからは、4歳初戦の中山記念11着のあと3着以内に入らない競馬が続いて2012年は未勝利、2013年に入って2戦目の大阪-ハンブルクカップで3歳時の鳴尾記念以来の勝利を挙げた[10]。その後は再び勝てない競馬が続き、2015年宝塚記念7着が最後の競馬となって7月15日付けで競走馬登録を抹消[2]。引退後はノーザンホースパーク乗馬となった[2]

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競走成績

要約
視点

以下の内容は、JBISサーチ[4]およびnetkeiba.com[11]に基づく。

さらに見る 競走日, 競馬場 ...
  1. 1位入線
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血統表

レッドデイヴィス血統(血統表の出典)[§ 1]
父系ヘイロー系
[§ 2]

アグネスタキオン
1998 栗毛
父の父
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
父の母
アグネスフローラ
1987 鹿毛
*ロイヤルスキー Raja Baba
Coz o'Nijinsky
アグネスレディー *リマンド
イコマエイカン

ディクシージャズ
1999 鹿毛
*トニービン
Tony Bin
1983 鹿毛
*カンパラ Kalamoun
State Pension
Severn Bridge Hornbeam
Priddy Fair
母の母
*ディクシースプラッシュ
Dixie Splash
1988 鹿毛
Dixieland Band Northern Dancer
Mississippi Mud
Ocean Jewel Alleged
Lady Offshore
母系(F-No.) ディクシースプラッシュ(USA)系(FN:3-d) [§ 3]
5代内の近親交配 アウトブリード [§ 4]
出典

脚注

外部リンク

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