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北大路欣也

日本の俳優 (1943-) ウィキペディアから

北大路欣也
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北大路 欣也(きたおおじ きんや、1943年昭和18年〉2月23日[2][3] ‐ )は、日本俳優[1]声優。本名、淺井 将勝(あさい まさかつ)[3]京都府京都市紫竹出身[2][3]ホリプロ・ブッキング・エージェンシー所属[2]

概要 きたおおじ きんや 北大路 欣也, 本名 ...

父は戦前の時代劇から戦後の東映時代劇全盛時代に活動した映画俳優の市川右太衛門芸名の由来は右太衛門の邸宅が京都市内の北大路に在ったことから、右太衛門が「北大路の御大」と呼ばれていたため。田村正和など同世代の俳優仲間からは「きんやちゃん」と呼ばれている[要出典][4]

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略歴

要約
視点

生い立ち

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『花笠ふたり若衆』(1961年)。松方弘樹と共演。
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『若君と次男坊』(1961年)。松方弘樹と共演。
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文化功労者の顕彰状を授与される(2023年)

市川右太衛門の次男として生誕。京都市立紫竹小学校同志社香里中学校から暁星中学校に編入。暁星高等学校を卒業後、早稲田大学第二文学部演劇専修卒業。学位は文学士

1956年昭和31年)、映画『父子鷹』で勝海舟の少年時代役を演じ、右太衛門に付き添われてデビューを果たす。同じ東映の二世スターで同級生の松方弘樹近衛十四郎の長男)とライバル視された。ライバルの松方は「東映城の暴れん坊」として、北大路は「東映城のプリンス[5]」として売り出された[6]

15歳になった1958年(昭和33年)に『少年三国志』で映画初主演。1961年(昭和36年)、『葵の暴れん坊』で主演[7][8]

1963年(昭和38年)、映画『海軍』では千葉真一に配されていた役をやりたいと入れ換えを求め[5][9]、現代劇初主演を果たした。右太衛門は東映の役員も兼務していたことから、御曹司として北大路は優遇され、右太衛門の庇護のもと、順調にキャリアを重ねていく[5][9][10]

10代の頃は俳優を職業にする気はなく、出なさいと言われていたから出ていただけであると語っている。自身の母校である早稲田大学には、兄が理工学部に通っていたことから雰囲気の良さを感じていた。そして、自身も早稲田大学第二文学部演劇科に入学した[11]

大学卒業後

大学卒業後、1964年昭和39年)に二代目尾上松緑主演『シラノ・ド・ベルジュラック』(日生劇場)で舞台デビュー、その後は劇団四季にたびたび客員参加した。

1968年(昭和43年)、25歳で大河ドラマ竜馬がゆく』で主演。その後も大河ドラマには、『独眼竜政宗』や『北条時宗』など多数出演する。

1973年(昭和48年)、映画仁義なき戦い』を仕事先で観て共鳴した北大路は、シリーズ化されることを聞きつけ東映へ直訴して、第二部『仁義なき戦い 広島死闘篇』の出演が決まる[12]。しかし北大路は当初のキャスティングを拒み、東映の幹部に仲介させ、千葉真一と配役を再び交換して出演した[5][9]1974年(昭和49年)には『仁義なき戦いシリーズ』の最終作『仁義なき戦い 完結篇』に再出演した。

1977年(昭和52年)、高倉健とともに映画『八甲田山』に主演。高倉と北大路は第1回日本アカデミー賞主演男優賞を受賞した(高倉は最優秀主演男優賞)。劇中での北大路演じる神田大尉の台詞「天は我々を見放した」は当時の流行語になった。

1984年(昭和59年)には映画『空海』の役作りのために、高野山真言宗の僧侶として得度出家をし、四度加行を行い、不動護摩法の資格を取得した。

テレビ時代劇・舞台を中心に活躍し『忠臣蔵』の大石内蔵助はこれまでに三度演じている。『ご存知!旗本退屈男』、『子連れ狼』、『名奉行! 大岡越前』、『隠密奉行朝比奈』、『剣客商売』など時代劇に代表作が多い。

現代劇では、『事件』『さすらい署長』シリーズなどのほか、2007年平成19年)1月 - 3月放送の『華麗なる一族』で万俵大介役を演じた他、2010年(平成22年)の『絶対零度〜未解決事件特命捜査〜』では35年振りにフジテレビ制作の現代劇連続ドラマの出演をした。2014年(平成26年)1月 - 3月放送の『三匹のおっさん』では、1979年の『男なら!』以来35年ぶりとなる現代劇の連続ドラマでの主演を務めた。

2007年(平成19年)、自身の個人事務所からホリプロに移籍。同年4月紫綬褒章を受章。同年6月からソフトバンクモバイルの「ホワイト家族24 / ホワイトプラン」などの『白戸家』シリーズCMでお父さん犬・カイ君の声を演じ、現在も継続中である。配役は同社ニュースリリースにて公表されていたが、キャラクターゆえに出演の意外性が注目された。また、2008年(平成20年)に映画『HACHI 約束の犬』にて、主人公の大学教授(リチャード・ギア)の日本語吹き替えを担当した。2007年10月31日に、早稲田大学創立125年を記念して「北大路欣也トークショー」が大隈講堂で行われた。

2012年(平成24年)からはテレビ時代劇『剣客商売』の主演を藤田まことから引き継いだ。

近年の活躍

2015年(平成27年)11月、秋の勲章で旭日小綬章を受章。2021年令和3年)11月には、京都市文化功労者として表彰され[13]、そして2022年(令和4年)10月には、牧野省三賞を受賞している。これは父・市川右太衛門と親子二代での受賞となる[14]

2023年度の文化功労者に選ばれた[15]

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人物

20代の頃は酒が大好きで、深酒するのも青春を謳歌していると思っていたが、東映の先輩である高倉健の𠮟咤激励により生活態度を改め、節制するようになったと語っている[10]。以来、高倉健とは親交が深くなる[10]

ライバルだった松方をはじめ東映時代の仲間であった千葉真一渡瀬恒彦梅宮辰夫山城新伍らとも親交がある[16]

1977年11月12日に一般女性と結婚[17]。15歳の時に見初め、13年間の交際を経てのゴールインだった。結婚会見で新婦は北大路の事を日常的に「欣也さま」と呼んでいる事を明らかにしている[注 1]2007年に行われた紫綬褒章祝賀パーティーでは妻への感謝の言葉を述べている。

1968年大河ドラマ竜馬がゆく』に出演していた時、竹鶴政孝と出会い余市蒸溜所を訪れた縁もあり、2014年秋から2015年にかけて放送された『マッサン』にどんな役でもかまわないからと、出演を直訴[18]。その甲斐あって、小説家・上杉龍之介役で出演を果たした。

父の市川右太衛門は死去の1年前に千葉県の老人保健施設に夫妻で入居していた。当初「北大路による姥捨て」説が唱えられ、兄弟間でも主張が食い違った。1999年12月14日の北大路夫妻主催の「お別れ会」に兄夫妻、姉夫妻が参列しない、2001年3月3日に親族が主催した「市川右太衛門を偲ぶ会」では北大路夫妻が参列しないなど兄弟間の不仲が表面化した。2001年の暮れに北大路は女性誌の記事で、施設入所は足が不自由になった市川の妻とでは2人暮らしに無理が出て、高齢の家政婦には介護までは任せられない中で、兄や姉とも話し合って決めたことだと反論している[19]

2015年、「週刊ポスト」(6月1日発売号)と「女性セブン」(6月18日号)にて、1年ほど前から夫婦で介護付き有料老人ホームに入居していたことが報じられた[20]

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芸風

要約
視点

時代劇

時代劇俳優として著名な北大路は、デビュー作も時代劇であるなど、時代劇への出演が多い。1958年に『少年三国志』で映画初主演後は、父・市川右太衛門主演の『旗本退屈男』に多数出演。東映時代の主演代表作は、『花笠ふたり若衆』、『葵の暴れん坊』、『源九郎義経』、『徳川家康』など時代劇が中心であった。その後は、大河ドラマの『竜馬がゆく』で主演するなど、テレビ時代劇にも進出する。

テレビ時代劇では、『ご存知!旗本退屈男』、『子連れ狼』、『名奉行! 大岡越前』、『隠密奉行朝比奈』、『剣客商売』などに主演するなど代表作も多い。テレビ東京新春ワイド時代劇や、その他の正月時代劇でも主演俳優の定番のうちの1人となる。『忠臣蔵』主人公である大石内蔵助は、『忠臣蔵』、『最後の忠臣蔵』、『忠臣蔵 瑤泉院の陰謀』と3回演じている。他にも勝海舟を2回、徳川家康を4回など同じ人物を複数回演じることが多い。

近年では時代劇専門チャンネルで放映された、『三屋清左衛門残日録』に主演している。幼い頃に身につけた殺陣の技術は、歳を重ねた現在でも衰えておらず、度々劇中で披露される。

大河ドラマ

大河ドラマ常連俳優の一人である。今までに計9回の出演をしている。1968年の『竜馬がゆく』では、坂本竜馬役で主演を務め、高橋英樹武市半平太役)や浅丘ルリ子おりょう役)らと共演。1970年の『樅ノ木は残った』では、主人公の原田甲斐(演・平幹二朗)と対立する役柄となる酒井雅楽頭を演じる。1972年の『新・平家物語』でも、主人公の平清盛(演・仲代達矢)と対立する以仁王を演じている。

その後も、1987年の『独眼竜政宗』では、主人公の伊達政宗(演・渡辺謙)の父である伊達輝宗を演じ、主演の渡辺謙登場までは物語の主役を務めた。当初、出演依頼が来たとき、北大路は主人公の伊達政宗役での出演依頼かと思ったと語っている[21]

1993年の『炎立つ』では、藤原秀衡での出演が予定されていたが、撮影スケジュールが変更されたことに伴い、本編収録開始前に降板したため、渡瀬恒彦が代役を務めた。2001年の『北条時宗』では、主人公の北条時宗(演・和泉元彌)・北条時輔(演・渡部篤郎)兄弟に大きな影響を与える博多の商人の謝国明を演じた。また、2008年の『篤姫』では、主人公の篤姫(演・宮崎あおい)の相談役のような役柄の勝海舟を演じた。

2011年の『江〜姫たちの戦国〜』では、主人公の(演・上野樹里)の義父である徳川家康を演じた。『篤姫』での勝海舟や『江〜姫たちの戦国〜』での徳川家康などかつて映画で扮した人物を再び演じている。最近の出演は、2015年の『花燃ゆ』で長州藩主の毛利敬親を演じている。

2021年の『青天を衝け』では、ナビゲーター役として再び徳川家康を演じた[22]

現代劇

時代劇俳優として著名な北大路であるが、現代劇への出演も多い。現代劇初主演を務めたのは1963年の『海軍』。これ以降、映画出演、特に東映で出演が減ったのは、岡田茂 (東映) が不良性感度を推進したため、東映城のプリンスと言われた北大路に合わなかったからである[23]。こうした映画に北大路を出すわけにはいかず[23]、ファンから「映画に出て欲しい」という要望が届いていたものの[23]、1960年代後半から1970年代初めの同社が売りにしていた任侠映画には全く出演していない。

東映に復帰したのは1973年の『仁義なき戦い 広島死闘篇』から。配役はもともと千葉真一が山中正治、北大路が大友勝利の予定でクランクインするはずだった[9][24]。しかし北大路は「ホンを読んだら、大友はちょっと自信がない[5]。無茶苦茶に暴れる大友ではなく、山中なら理解できる[5]」と配役の交代を要求した。そのため日下部五朗と宣伝担当者らは千葉を突然訪ね、「山中と大友を交代してもらえないか」と調整することとなる[5]深作欣二は「欣也には大友を逆立ちしてもできない[5]。できないから正直に言ってきた[5]」「欣也は一所懸命熱演しているが、毛並みがいいというか、血筋がいいというか、ヤクザじゃないところがある[25]。山中はできても、大友はできない[25]。ヤクザ特有のヤニ臭さがない[25]」と述べている。

その後は、『アラスカ物語』、『八甲田山』、『火まつり』、『春の鐘』などの映画で主演をする。2007年には、木村拓哉主演の『華麗なる一族』に出演。演じたのは、木村拓哉演じる主人公・万俵鉄平の父である万俵大介。劇中で木村を殴るシーンがあり、全国の皆さんに嫌われるかと思った[11]と語っている。2時間ドラマでも、『事件』シリーズや『さすらい署長』シリーズなどで主演している。

近年では、連続ドラマの『三匹のおっさん』で主演。1979年の『男なら!』以来35年ぶりとなる現代劇の連続ドラマでの主演を務めた。他方、脇役としても多数の作品に出演している。脇役として出演する際には、総理大臣などの政治家や頭取、社長など権力者を演じることが多い。

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出演

要約
視点

太字は主演

映画

さらに見る 公開年, 作品名 ...

テレビドラマ

舞台

劇場アニメ

ゲーム

吹き替え

CM

その他

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音楽

受賞・受章

日本アカデミー賞
報知映画賞
その他
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参考文献

  • 深作欣二山根貞男「第八章 仁義なき戦いシリーズの炸裂」『映画監督 深作欣二』(第1刷)ワイズ出版、2003年7月12日。ISBN 489830155XOCLC 674824011

脚注

外部リンク

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