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呉地方隊

海上自衛隊の地方隊 ウィキペディアから

呉地方隊
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呉地方隊(くれちほうたい、英称:Kure District)は海上自衛隊地方隊のひとつ。主要部隊は広島県呉市にある呉基地幸地区に配備されている。

概要 呉地方隊, 創設 ...

概要

1954年(昭和29年)7月1日、海上自衛隊の発足に伴い、5番目の地方隊として誕生した。呉地方隊の発足が他の地方隊から遅れた理由としては、呉基地自体が大戦中機雷で封鎖されたこと、作戦海面への進出に長時間かかることなどから基地は外洋への進出が容易な佐伯宿毛あるいは大阪神戸付近にすべきとの議論があったためである。しかし適当な代替地がなかったことから最終的に呉に地方隊がおかれることとなった。

警備区域は、東京都沖の鳥島に限る。)、大阪府兵庫県豊岡市及び美方郡を除く。)、奈良県和歌山県岡山県広島県山口県山口市防府市下松市岩国市光市柳井市周南市大島郡玖珂郡及び熊毛郡に限る。)、徳島県香川県愛媛県高知県大分県及び宮崎県の区域並びに三重県和歌山県の境界線が海岸線と交わる点から170度に引いた線及び宇部市と山口市の境界線が海岸線と交わる点と福岡県と大分県の境界線が海岸線と交わる点とを結んだ線と宮崎県鹿児島県の境界線が海岸線と交わる点から170度に引いた線との間にある東京都(沖の鳥島に限る。)、大阪府及びこれらの県の沿岸海域[2]

主な任務は、担当警備区域内の警備及び災害派遣自衛艦隊等の正面部隊に対する後方支援機雷・爆発性危険物の除去及び処理、民生協力等である[3]

近年では、随時「艦艇公開」が実施されており、護衛艦輸送艦補給艦などを見学することができる(毎週1艦船ずつ公開)。その際、停泊している潜水艦にも近寄れる(公開はしていない)。

阪神・淡路大震災における活動

阪神・淡路大震災発生直後、呉地方隊は被災地への緊急性を重視し、正式な災害派遣要請が届く前に輸送艦護衛艦を神戸沖へ向ける自主的な出動を命じた。これにより、被災地に対する人命救助および給水支援が迅速に開始された[4]。水の供給については、神戸港を基点に1日あたり千トン規模の真水輸送を継続し、延べ約2万5千トンを被災地に届けた[5]。さらに陸上の捜索救助と連携し、8人の命を救助した実績を持つ[4]

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沿革

8月1日保安庁警備隊が創設され、横須賀地方隊隷下に呉航路啓開隊が新編。
9月16日:呉航路啓開隊が廃止となり、横須賀地方隊隷下に呉地方基地隊が新編。
7月1日:「防衛庁」が創設され、「海上自衛隊」が発足。「呉地方隊」が新編、呉地方基地隊は廃止。
※ 新編時の呉地方隊の編成(呉地方総監部、第8警戒隊、第9警戒隊、大阪基地隊、呉基地警防隊、掃海艦「桑栄丸」)
10月1日:呉地方総監部開庁。大阪基地隊に「由良基地分遣隊」を新編。
5月1日:「呉通信隊」を新編。
1月16日:「呉練習隊」を新編。
12月17日:総監部が旧鎮守府跡(現在地)に移転。
3月31日:大阪基地隊に「淡路警備所」を新編。
5月10日:呉練習隊を「呉教育隊」に改称。
3月16日:「徳島航空隊」を新編。
6月1日:「呉水雷調整所」を新編。
2月1日:総監部組織の改組(総務部を廃止し人事部を新設、防衛部に第1~第4幕僚班を設置)
「呉補給所」及び「呉工作所」を新編。
9月1日徳島航空隊第3航空群に改編され航空集団隷下に編成替え。
3月20日:呉基地警防隊に「佐伯基地分遣隊」を新編。
5月1日自衛艦隊から潜水艦「くろしお」を編入。
8月1日:第1潜水隊(潜水艦救難艦「ちはや」、潜水艦「くろしお」、「おやしお」、「はやしお」)を新編。
3月31日:第1潜水隊が自衛艦隊隷下に編成替え。
10月1日:呉基地警防隊に「水中処分隊」を新編。
3月30日:大阪基地隊本部が神戸に移転し、「阪神基地隊」に改称。
3月15日:「第7護衛隊」が第3護衛隊群から編入。
3月2日:総監部組織の改組(幕僚長を設置、人事部を管理部に改称、第1~第4幕僚班を幕僚室に改称、第5幕僚室を新設、監察官を新設)
「呉造修所」、「呉衛生隊」を新編。呉工作所を廃止。
10月1日:呉基地警防隊を「呉警備隊」に改称。
12月1日:淡路警備所が廃止。阪神基地隊に「紀伊警備所」を新編。
5月11日:第7護衛隊が「第36護衛隊」に改称。「呉音楽隊」を新編。
3月27日:「第38護衛隊」を新編。
3月19日:「第22護衛隊」が第2護衛隊群から編入。
7月1日:部隊改編により警備隊の組織改編及び「呉基地業務隊」を新編[6]
12月1日:「小松島航空隊」が第21航空群から編入。
3月24日:隊番号の改正により、第36護衛隊が「第22護衛隊」に改称。
4月15日:第38護衛隊が廃止。
12月8日:補給整備部門の組織改編。
  1. 呉補給所と呉造修所が統合され「呉造修補給所」に改編。
  2. 呉水雷整備所が「呉弾薬整備補給所」に改編。
3月22日:呉通信隊が「呉システム通信隊」に改編されシステム通信隊群隷下に編成替え。
4月3日徳山下松港を使用する海上自衛隊艦船の受け入れ業務を行っていた徳山連絡所を閉所。
3月26日:体制移行による部隊改編。
  1. 第22護衛隊が「第12護衛隊」に改称され護衛艦隊隷下に編成替え。
  2. 小松島航空隊が第22航空群隷下に編成替えとなり「第24航空隊」に改編。
6月3日:紀伊警備所が廃止。
4月22日:油槽船「YOT-01」が呉警備隊呉港務隊に配備[7][8][9]
7月22日:油槽船「YOT-02」が呉警備隊呉港務隊に配備[10]
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編成

※ 令和7年3月12日時点

※なお、呉基地に所在する第1輸送隊掃海隊群の隷下部隊であり、呉地方隊の隷下ではない。

総監部

主要幹部

さらに見る 官職名, 階級 ...
さらに見る 代, 氏名 ...
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脚注

参考文献

外部リンク

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