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インティライミ

日本の競走馬 ウィキペディアから

インティライミ
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インティライミ(欧字名:Inti Raimi2002年4月6日 -2024年12月26日 )は、日本競走馬[1]。主な勝ち鞍に2005年京都新聞杯2007年京都大賞典朝日チャレンジカップ

概要 インティライミ, 欧字表記 ...

馬名の意味は、「アンデス地方で行われる太陽の祭り[2]

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戦績

  • 特記事項なき場合、本節の出典はJBISサーチ[5]

2004年8月1日、小倉競馬場での2歳新馬戦でデビューし、1着[6]。2戦目新潟2歳ステークスマイネルレコルトの6着に終わった後は休養に入り、翌2005年3月のゆきやなぎ賞2着から500万下条件戦を勝って2勝目を挙げ、続く京都新聞杯でも3コーナーから一気に仕掛けて最後はコメディアデラルテとの接戦をハナ差ものにして重賞初勝利を挙げた[7]。東上して東京優駿(日本ダービー)に駒を進め、レースでは京都新聞杯での追い込みの競馬から一転して先行策を打ち、直線に入ってから一気に仕掛けて抜け出したものの、外を回ったディープインパクトにかわされ2着[8]。レース後は休養を経て菊花賞を目標に据えるも右前脚に裂蹄を発症して3歳の後半は休養を余儀なくされた[9]

4歳を迎え、初戦の日経新春杯3着、阪神大賞典8着のあと金鯱賞へ向かう予定も裂蹄の再発で休養に入り[9]、秋は京都大賞典天皇賞(秋)ともに6着以下の成績に終わるも、12月の中日新聞杯ではトーホウアランの2着に盛り返した。2007年も上半期の4戦は金鯱賞3着以外は振るわなかったものの、秋初戦の朝日チャレンジカップでは中団に構える競馬から伸びてブライトトゥモローの追撃を1馬身半差退けて、約2年4か月ぶりの勝ち星を重賞で挙げた[10]。続く京都大賞典でも先行したポップロックを直線で捕まえて重賞3勝目とした[11]。この後は勝ち星から遠ざかり、2008年宝塚記念エイシンデピュティと0.1秒差の3着となったのが最高成績で、2010年小倉大賞典15着のあと右前深屈腱炎の発症が判明し、2月24日付で競走馬登録を抹消された[2][3][12]

引退後は乗馬となり、ノーザンホースパーク繋養から慶應義塾大学馬術部に一時移動[13]、慶應時代にはやまさき拓味の『新・優駿たち蹄跡』に取り上げられたこともあった[14]2013年2月からはノーザンホースパークに戻り[13]、その後はリードホースも務めている[15]

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競走成績

要約
視点

以下の内容は、JBISサーチ[5]、netkeiba.com[16]に基づく。

さらに見る 年月日, 競馬場 ...
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血統表

インティライミ血統(血統表の出典)[§ 1]
父系ヘイロー系
[§ 2]

スペシャルウィーク
1995 黒鹿毛
父の父
*サンデーサイレンス
Sunday Silence
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
父の母
キャンペンガール
1987 鹿毛
マルゼンスキー Nijinsky II
*シル
レディーシラオキ *セントクレスピン
ミスアシヤガワ

アンデスレディー
1986 栗毛
*ノーザンテースト
Northern Taste
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
母の母
ペルースポート
1972 栗毛
*ガーサント Bubbles
Montagnana
グレートターフ Red God
*レデイチヤツター
母系(F-No.) レデイチヤツター(GB)系(FN:19) [§ 3]
5代内の近親交配 Northern Dancer 5 × 3 = 15.63%、Lady Angela 5 ×4 = 9.38%(母父内)、Almahmoud 5 × 5 = 6.25% [§ 4]
出典

脚注

外部リンク

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