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下妻市
茨城県の市 ウィキペディアから
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下妻市(しもつまし)は、茨城県西部の県西地域に位置する市。東京都心から約60km圏にある田園都市である[1]。

同年5月4日撮影の12枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。
旧常陸国真壁郡・筑波郡と千葉県より移管された旧下総国結城郡(旧豊田郡・旧岡田郡)で構成される。1954年(昭和29年)市制施行。
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地理
要約
視点
市東部に小貝川、西部に鬼怒川が流れ、中央部に砂沼がある[1]。
気候
隣接している市町村
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市勢
2005年国勢調査速報値によれば人口は36,889人。2006年1月1日に結城郡千代川村を編入合併し、2005年国勢調査の時点で両市村を合わせた人口は46,427人とされる。
人口
![]() | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
下妻市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 下妻市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 下妻市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
下妻市(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
総務省統計局 国勢調査より |
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地名の由来
935年(承平5年)の『和名抄』に「しもつま」として記されているのが、史料初見とされている。現在の市名「下妻」と書き記すようになったのは、おおむね鎌倉時代以降といわれている。
歴史
年表

- 室町時代から戦国時代にかけて、多賀谷氏が下妻城(多賀谷城)を築き、拠点としていた[3]。
- 江戸時代には下妻藩が置かれていた。
- 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行に伴い、真壁郡下妻町が発足。
- 1913年(大正2年)11月1日 - 常総鉄道(現在の関東鉄道常総線)が開業。
- 1953年(昭和28年)5月18日 - 国道125号が制定。
- 1954年(昭和29年)
- 1970年(昭和45年)4月1日 - 国道294号が制定。
- 1995年(平成7年)3月23日 - 常総バイパスが開通。
- 2003年(平成15年)5月10日 - 土地区画整理事業に伴う新字名として、大字本宿町2丁目、大字本城町3丁目、大字田町1丁目・2丁目(それぞれ旧大字下妻の各一部)を設定[4][5]。
- 2006年(平成18年)1月1日 結城郡千代川村を編入。
- 2023年(令和5年)5月8日 - 市役所新庁舎開庁(同年4月6日竣工)[6]。
行政区域変遷
- 変遷の年表
- 変遷表
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行政
- 市庁舎

- 本庁舎・第二庁舎
- 千代川庁舎
議会
市議会
- 定数:18人
- 議長:須藤豊次
- 副議長:宇梶浩太
県議会
→「2022年茨城県議会議員選挙」も参照
- 選挙区:下妻市選挙区
- 定数:1人
- 任期:2023年1月8日 - 2027年1月7日
- 投票日:2022年12月11日
- 当日有権者数:34,157人
- 投票率:46.00%
衆議院
産業
交通
鉄道
バス
- 関東鉄道
- 下妻市コミュニティバス「シモンちゃんバス」
- この他、茨城観光自動車(茨観)の路線やジェイアールバス関東の路線(南筑波線)もあったが、撤退している。
道路
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地域
郵便
市内の集配業務は全て下妻郵便局が受け持っている。
- 下妻郵便局(集配局)
- 大形郵便局
- 上妻郵便局
- 下妻砂沼郵便局
- 大宝郵便局
- 高道祖(たかさい)郵便局
- 千代川郵便局
- 若柳簡易郵便局(2021年1月1日廃止[10])
学校
電気
かつて下妻町には電燈会社があった。才賀藤吉が1912年(明治45年)2月に事業許可を受け[11]、8月に下妻電気を設立[12]。1913年(大正2年)11月事業開始、供給区域は真壁郡下妻村、関本町、上妻村、大宝村、結城郡豊加美村、宗道村、玉村、総上村、石下町。発電所は持たず下野電力より受電した[13]。1922年(大正11年)茨城電力に合併された[14]。
コミュニティ
ウェブ上に、下妻市周辺地域のコミュニティ活性化を目的としたコミュニティサイトが開設されている。
ナンバープレート
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
マスコットキャラ
シモンちゃん

下妻市の公式サイトに描かれている、オオムラサキを萌え擬人化したキャラクター。株式会社ヘレナメディアリサーチ制作。
新聞のインタビューで「ページのお堅いイメージを払拭して作っただけであり、性別も決めていない」とされている[22]。
総務部情報政策課の管理下におかれているため「市のマスコットキャラクター」というよりも「下妻市公式サイトでの案内キャラクター」である。これまで公式グッズ等の販売は2008年10月に催された「しもつま砂沼フェスティバル」においてグッズ(マグカップ、ミニタオル、キーホルダー)付きのチケットが販売され、2009年10月より下妻駅構内に設置された観光案内所にてストラップが、茨城国体に合わせ受注生産でシモンちゃんが胸にあしらわれたポロシャツが販売されたことがあった。現在は「道の駅しもつま」でキャラクター入りの手ぬぐいが販売されている。
2011年6月16日には、江戸時代の街道「下妻街道」の基点となっていた場所で、下妻と縁のある東京都足立区千住の北千住駅近くに、シモンちゃんにちなんで名づけられた下妻市特産品アンテナショップ「シモンちゃんの家」が開店し、看板にシモンちゃんが描かれた(現在は閉店)。
2015年には市内の原動機付自転車のナンバープレートの図柄に期間限定で採用された[23]ほか、2017年から市内を走るコミュニティバスのラッピングマスコットにもなっている。[24]
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著名な出身者
- 飯村丈三郎(政治家、実業家、教育者)
- 龍胆寺雄(作家)
- 大島宇一(政治家、元東京都小平市長)
- 北垣信行(ロシア文学)
- 渡辺篤史(俳優)
- 塚田真希(アテネオリンピック 柔道女子78kg超級金メダリスト)
- 粟野靖浩(2010年世界柔道選手権大会73kg級銅メダリスト)
- 薗部博之(ゲームクリエイター、『ダービースタリオン』制作者)
- 宮島一代(元Jリーグ審判員・元国際副審・元AFCエリートレフェリー・現JFAトップレフェリーインストラクター)
- 磯山和司(元プロサッカー選手)
- 中野龍雄(プロレスラー)
- 横瀬夜雨(詩人)
- 早川正夫(建築家)
- 市村緑郎(彫刻家、埼玉大学名誉教授、砂沼大橋の「飛翔」の作者、日本芸術院賞受賞者)
- 野村浩二(お笑いコンビ・江戸むらさき)
- 磯山良司(お笑いコンビ・江戸むらさき)
- 黒須成美(近代五種選手)
- 西城慶子(歌手)
- 広澤克実 (元プロ野球選手・ヤクルト、巨人、阪神に在籍していた。出生〜10歳まで当市で育ち、その後県西部の結城市に転居。)
- 大山悠輔(プロ野球選手・阪神タイガース)
- 福西基(教育者、スーパーセンテナリアン。かつて日本国内最高齢男性となった人物。)
- 前野智昭(声優)
ゆかりの人物
知名度と市名の選定
- 映画『下妻物語』(深田恭子・土屋アンナ主演、2004年5月29日公開)の舞台となっている。更にこの年、茨城県立下妻第二高等学校野球部が第86回全国高等学校野球選手権大会に初出場を決め、当市出身の柔道選手の塚田真希が2004年アテネオリンピックに出場して金メダルを獲得したことにより、下妻の名称が全国に知られるようになって、この名称への愛着が強くなったといった市民意識の変化などによって市名の再考を促す動きが大きくなったことで[25]、以下のように広域合併案が白紙になった。
- 平成の大合併において最初、当市と八千代町・千代川村・石下町で法定合併協議会を設置し、「既存市町村名を使わない」ことを確認した上で2005年3月の新設合併を目指して協議が進められ、2004年5月頃には新市名称として「きぬ」「常総」「常総きぬ」の三点の候補に絞り込み、同年9月下旬には当時設置されていた隣の水海道市・伊奈町・谷和原村の法定合併協議会[注釈 2]が新市名称に「常総市」を決めたためにこれを除外し、他の二択という状況になっていた。しかし上記にあるような事情により、市民から「下妻市の名を残して欲しい」という陳情を集めた署名が1万人以上集まって提出されたことを受け、同年10月18日の協議会の第12回会合において、既存市町村名も候補に加えるように動議が提出された[25][26]。しかしこれに他の3町村の委員らが反発、同年11月22日の第14回会合において当市が脱会する意思を表したことで協議会の解散が決定した[27]。その後翌2005年1月に改めて当市と千代川村との合併協議会が設置され[26]、新市名にも下妻の名を継承した上で翌2006年1月1日の合併で決着した。
脚注
関連項目
外部リンク
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