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堺正幸

日本のアナウンサー、鉄道ジャーナリスト ウィキペディアから

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堺 正幸(さかい まさゆき、1952年11月8日 - )は、日本フリーアナウンサー、鉄道ジャーナリスト。元フジテレビアナウンサー

概要 さかい まさゆき堺 正幸, プロフィール ...
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来歴・人物

神奈川県川崎市出身。浅野中学校・高等学校では放送部に在籍。

慶應義塾大学法学部卒業後、1975年に入社。同期は和田圭田丸美寿々酒井ゆきえ。大学の同級生に松下賢次大石幼一[注 1]、2年先輩に池上彰宮本隆治、1年後輩に陣内誠福井謙二大橋俊夫がいる。

入社後は主にスポーツ実況などを担当。スーパー競馬などで、日本ダービー有馬記念などのGI競走ほか数々の競走を実況、後に、名勝負と呼ばれる競走や、大穴が出た競走での思わず出た実況フレーズで名を馳せた(後述を参照)。

『ドキュメンタリー・アドルフ・ヒトラー』のナレーションを担当したほか、報道キャスターとしては『FNNスピーク』の平日版男性キャスターを2002年3月まで10年に渡り担当した。

2005年7月、陣内誠の後任としてアナウンス室長に就任[注 2]。そのため『FNS27時間テレビ』の「新人アナウンサーお披露目」への立ち会い以外はバラエティ番組には全く出演していなかったが、2007年10月21日に『アナ☆ログ』で久々に出演した。

『シリーズ こんな生き方がしたい ニュースキャスター田丸美寿々』(板倉久子著、理論社)では、新人だった1975年に当時新宿区河田町にあったフジテレビ本社の正面玄関で撮影された新人アナウンサー5人が一列に並んだ写真が掲載されており、その写真には最前列から田丸、酒井、テレビ新広島の新人2人(神田康秋池本良子[注 3]、そして最後部に堺が写っており、22歳だった当時の姿を見ることができる。

2008年4月8日から9月9日まで『タモリのジャポニカロゴス』の人気コーナー「世にもステキな言いまつがいの世界」のナレーターを務めていた。

2009年7月、CSR推進室(室長)へ異動、2011年6月29日付でCSR推進室専任局長に就任。

2012年11月30日付でフジテレビを定年退職。フリーアナウンサーとして活動する。

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エピソード

要約
視点

本節では、堺の趣味などからのエピソードを記述する

鉄道関連

競馬関連

  • 1982年、1986年、1988年および1991年から2004年まで通算17年にわたり競馬界の総決算レースとされる有馬記念で実況を務めた[注 6]。他にも日本ダービーの実況を、1989年から1995年まで7年間担当した[注 7]
  • アナウンサー生活35年のうち、競馬実況が30年、中でも有馬記念は14年に亘る長期連続実況を担当した。
  • みんなのKEIBABSスーパーKEIBABSフジ)の放送開始時と終了時の、「主催は、JRA・日本中央競馬会です(でした)」と読み上げるアナウンスは退職後の2025年6月まで堺の音声が使われていた。

その他

  • 競馬以外では、『FNNスピーク』の平日担当が10年(1992年から)と長く続けた。
  • 三菱エレベーターの男声アナウンスも担当している。
  • フジテレビ系ドラマ『コードブルー』の解説放送の声優も担当した。
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出演番組

過去の出演番組

主な実況歴

GIレース

日本国内
海外

その他

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脚注

関連項目

外部リンク

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