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増田惠子

日本の女性歌手、女優、タレント (1957-) ウィキペディアから

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増田 惠子(ますだ けいこ、1957年昭和32年〉9月2日 - )は、日本歌手女優タレントピンク・レディーのメンバー。本名:桑木 啓子(くわき けいこ)。旧姓増田[注 1]、旧々姓:小林(こばやし)[注 2]愛称は、ケイ

概要 増田 惠子, 出生名 ...

ケイ・オフィスに所属し、佐藤企画と業務提携。静岡県静岡市(後の葵区)出身。血液型O型

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経歴

要約
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生い立ち

1957年、現在の静岡市駿河区八幡にて、小林家の三人兄妹の末っ子として生まれる。1961年、父の死去に伴い、焼津市に住む母の姉である伯母夫婦(増田家)に預けられ、1964年に伯母夫婦の養女となる。現在の静岡市葵区に転居後の1971年4月、静岡市立末広中学校に転校し、翌1972年、根本美鶴代(現:未唯mie)と出会う。なお、伯母は2001年、母親は2012年に亡くなり(享年93)、2人の母を看取った[1]

アマチュア活動

1973年4月、常葉高等学校(現:常葉大学附属常葉高校)に根本と共に入学。この年の暮、ヤマハのオーディションに参加し、「ジョニィへの伝言」「恋の衝撃」を歌って優勝する。翌1974年浜松のヤマハボーカルスクールに根本と通い始め、根本とのデュオ『クッキー』の名でヤマハポピュラーソングコンテストに出場した。楽曲は「恋のレッスン」。

スター誕生!の合格とデビュー

1976年2月、日本テレビスター誕生!』の決戦大会で合格し、同年8月25日、根本とのデュオ『ピンク・レディー』のメンバー『増田啓子』愛称ケイ)として、ビクター音楽産業T&C ミュージックから「ペッパー警部」でデビュー。数々の大ヒットを記録し、一世を風靡した。

1981年の解散以降

1981年3月31日のピンク・レディー解散後は、ソロ歌手『増田けい子』として、デビュー曲の「すずめ」が40万枚のヒット。オリコンチャート8位を記録。全日本有線放送大賞特別賞を受賞した。その後も「ためらい」、「らせん階段」、などをリリースした。その後、芸名を『増田惠子』に改め、「女優」、「FU・RI・NE」などをリリース。一方、女優としても数多くのドラマや映画に出演している。

また、1988年にはパリに渡り、兼ねてから興味を抱いていたシャンソンを学び、翌1989年、IVS音楽出版バックアップのもとフランスデビューを遂げた。フランスでは仏語6曲、英語4曲でレコーディングされたアルバム『Simples Confidence』(全10曲)"KEIKO MASUDA 増田恵子"がJUST'IN(ジュスティーヌ)より発売。プロモーションを兼ね仏放送出演、又、グランダルシュにてライブパフォーマンスなどが行われた。同アルバムの日本盤は『Voice Cologne』とタイトルが変わり徳間ジャパンより発売された。

2002年6月23日、音響会社「ギルド・ジャパン」社長の桑木知二と電撃結婚。桑木とは、テレビ番組を通じて古くからの知り合いで、増田からプロポーズした[2]

2003年から2005年のピンク・レディー復活コンサート以後は、テレビのバラエティー番組への出演も増えた。

2004年9月、自叙伝『あこがれ』を出版。

2005年12月7日、ソロとして15年ぶりに新曲「奇蹟の花」をリリース。2008年8月6日には19年振りのソロアルバム『Now & Then ?もいちど遊びましょ?』をリリースした。また、2012年11月、ソロデビュー30年を記念し「Colors」30th Anniversary All Time Best が発売され、2014年には、初のカバーアルバム「愛唱歌」がリリースされた。

2017年12月30日、TBS系第59回 輝く!日本レコード大賞(新国立劇場)において、「没後10年・作詞家デビュー50年・特別賞」を受賞した恩師・阿久悠の功績を讃え、レコ大の舞台には39年ぶり・直近のコンサートツアーからは6年ぶりにピンク・レディーとしてステージに立ち、同じく恩師である都倉俊一の指揮によるオーケストラにて「ぺッパー警部」「ウォンテッド (指名手配)」「UFO」の3曲を「レコ大SPメドレー」として披露した。翌2018年第60回 輝く!日本レコード大賞にもピンクレディーとして出演し、過去に大賞を受賞した"レジェンド・アーティスト" コーナーにおいて「UFO」「S・O・S」「渚のシンドバッド」「サウスポー」のメドレーを披露した[3][4]。 

2022年7月27日、ソロデビュー40周年記念アルバム「そして、ここから…[40th Anniversary Platinum Album]」をリリース[5]。それに伴い、記念ライブ「増田惠子 40th Anniversary & Birthday Live “そして、ここから…” 」を同年9月2日、ビルボードライブ横浜で開催した[6][7]

2024年10月7日、夫の桑木知二が同年8月21日に膵臓癌のため、死去(享年70)したことを増田のブログやInstagramで報告した[2][8]

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ディスコグラフィ

シングル

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フランス限定シングル

  • AVEC LE FEU(1989年、Just in PANTHE)
  • Simples Confidence(1989年、Just in PANTHE)

アルバム

オリジナル・アルバム

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ベスト・アルバム

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カバー・アルバム

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フランス限定オリジナル・アルバム

  • Simples Confidence(1989年、Just in PANTHE)

タイアップ曲

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出演

要約
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※「 - 」は役名

映画

舞台

  • 喜劇かえる屋(1983年、東宝劇場)
  • 浮き世長屋は春爛漫(2001年、名鉄ホール)
  • ミュージカル「フットルース」(2001年、赤坂ACTシアター)
  • 音楽劇「トムとジェリー」?夢よもう一度?(2019年、名古屋御園座、東京BUNKAMURAオーチャードホール、大阪・クールジャパンパーク)

テレビドラマ

CM

テレビ出演

他、多数の歌番組、バラエティ番組に出演。

ラジオ

  • けい子のちょっぴり気まぐれ(1982年)※九州地区レギュラー番組

声優

コンサート・ライブ

  • アルバム発売記念ライブ Now & Then もう一度遊びましょ(2008年8月、Cotton Club Tokyo、Billboard Live Osaka、Nagoya Blue Note、Billboard Live Fukuoka、9月、Tokyo Ropponngi S.T.B. 139)
  • 増田惠子LIVE「At Club Ikspiari」(2009年6月:Vol.1、12月:Vol.2・2010年5月:Vol.3、9月:Vol.4、2011年1月:Vol.5、12月:Vol.6、2012年:6月、Vol.7)
  • 増田惠子デビュー30th Anniversary(2013年2月)
  • アルバム「愛唱歌」リリース記念ライブ(2014年12月、Cotton Club Tokyo、2015年1月、新宿Rain)
  • 増田惠子「Birthday Live」(2015年10月、銀座Swing)
  • 増田惠子「ソロデビュー35週記念」(2016年1月:其の1、4月:其の2、12月:其の3、JZ Brat)
  • 増田惠子「Anniversary Live」(2017年4月、JZ Brat)
  • 増田惠子「コンサート2017?60Candles?」(2017年11月、銀座YAMAHA Hall)
  • 増田惠子「コンサート at 加茂」(2018年3月)
  • 増田惠子「?A Happy New Year? 」(2019年1月、銀座YAMAHA Hall)
  • BIG18 Orchestra Jazz Concert(2019年6月)
  • 増田惠子「コンサート20019?Winter Rose?」(2019年12月、よみうり大手町ホール)
  • 増田惠子 40th Anniversary & Birthday Live “そして、ここから…”(2022年9月2日、ビルボードライブ横浜
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書籍

  • C'est un amour(ワニブックス社) - 写真集
  • あこがれ(2004年9月、幻冬舎ISBN 4344006763 - 自叙伝
  • C’est un amour(サザンクロスビデオ)- イメージビデオ、LD

脚注

関連項目

外部リンク

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