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木下浩一
日本の将棋棋士 ウィキペディアから
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木下 浩一(きのした こういち、1967年8月29日 - )は、元・将棋棋士。棋士時代は松田茂役九段門下であり棋士番号は187であった。長野県出身。
棋歴
1982年、第3回全国中学生選抜将棋選手権大会で優勝。同年12月奨励会に6級で入会し、師匠の松田のもとで内弟子生活を送る。
奨励会三段に昇段したとき、ちょうど現行制度の第1回三段リーグが始まった。第2回リーグの昇段者争いは接戦となり、木下は10勝5敗の成績ながら1位の成績を取って、プロ入りを果たす。
第4期(1991年度)竜王戦6組の初戦でアマチュアの天野高志に敗れるが、敗者復活の昇級者決定戦を勝ち進み、最後に郷田真隆[注 1]に勝利して、5組に昇級した。
26歳のとき、東京から郷里の長野に居を移し、対局のたびに東京に出向く生活を始める[1]。
第12期(1999年度)竜王戦5組で優勝(4組昇級)。藤井猛竜王への挑戦権を争う本戦トーナメントでは、初戦の佐藤紳哉に勝利し、2回戦で井上慶太に敗れた。
順位戦では2008年度まで21年間C級2組で指した後、フリークラス宣言を行い自らフリークラスに転出した[2]。
C級2組(降級点2)・41歳での宣言によるフリークラス転出のため、転出1年後から起算して15年後の2025年3月末がフリークラスの在籍期限となり、この在籍期限が経過した2025年4月1日、出場中の棋戦終了時点での引退が決定[3]。
2025年4月23日、第38期竜王戦6組昇級者決定戦の岡崎洋七段との対局に敗れ、この対局を最後に現役引退となった[4]。
2025年9月30日付で、日本将棋連盟を退会した[5]。
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棋風
居飛車の矢倉・相掛かり・角換わり・玉頭位取り、そして、振り飛車の四間飛車・三間飛車・向かい飛車・中飛車・相振り飛車のどれも指すオールラウンドプレーヤーである。
昇段履歴
→昇段規定については「将棋の段級」を参照
主な成績
要約
視点
通算成績:899局 369勝530敗・勝率0.4104[7]
在籍クラス
→竜王戦と順位戦のクラスについては「将棋棋士の在籍クラス」を参照
年度別成績
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脚注
関連項目
外部リンク
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