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テリー・フランコーナ
アメリカの野球選手、監督 (1959 - ) ウィキペディアから
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テリー・ジョン・フランコーナ(Terry Jon Francona, 1959年4月22日 - )は、アメリカ合衆国サウスダコタ州アバディーン出身の元プロ野球選手(外野手)、監督。左投左打。愛称はティト(Tito)。
父親は1956年から1970年に主に外野手として活躍したティト・フランコーナで、通算1395安打、125本塁打、656打点などの成績を残した。
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経歴
要約
視点
プロ入り前
アメリカ合衆国サウスダコタ州アバディーンで生まれ、ペンシルベニア州ニューブライトンで育つ。
1977年のMLBドラフト2巡目(全体38位)でシカゴ・カブスから指名されたが、契約せずにアリゾナ大学へ進学した。大学在学中の1980年には最優秀選手としてゴールデンスパイク賞を受賞する。
現役時代
1980年のMLBドラフト1巡目(全体22位)でモントリオール・エクスポズから指名され、プロ入り。
1981年8月にメジャー昇格を果たす。左打ちの外野手として活躍し、フィラデルフィア・フィリーズとのナショナルリーグ・ディビジョンシリーズでは12打数4安打で、チームのシリーズ勝利に貢献する。その後、一塁手に転向、確実性の高い打者として評価を受ける。
1985年のシーズン後にエクスポズから放出され、その後カブス、シンシナティ・レッズ、クリーブランド・インディアンス、ミルウォーキー・ブルワーズに在籍する。
1990年に引退した。10年間の通算成績は708試合出場、打率2割7分4厘、16本塁打、143打点という記録が残っている。
監督時代
1992年から指導者としてマイナーリーグの監督を任される。
1993年から1995年までシカゴ・ホワイトソックス傘下のAA級バーミングハム・バロンズの監督を務めた。その間の1994年には著名なバスケットボール選手であるマイケル・ジョーダンが在籍していた。
1996年には、デトロイト・タイガースで初めてメジャーレベルでのコーチを経験した(三塁コーチ)。
1997年から2000年までフィリーズの監督を務めるが、ナショナルリーグ東部地区2位以上の成績を残すことはできずに終わる。フィリーズ時代の最高成績は1999年の77勝85敗だった。
フィリーズ監督退任後の2001年から2003年の間は、インディアンスのGM補佐、テキサス・レンジャーズとオークランド・アスレチックスのベンチコーチをそれぞれ1年ずつ歴任した。
2003年のシーズン後にプレーオフの際の継投ミスの責任を問う形でボストン・レッドソックスは監督のグレイディ・リトルを解任したが、フランコーナはその後任として監督に就任した。
2004年のシーズンに98勝64敗でアメリカンリーグ東部地区2位の成績を残し、ワイルドカードを獲得する。ディビジョンシリーズでアナハイム・エンゼルスを3勝0敗で撃破し、リーグチャンピオンシップシリーズではニューヨーク・ヤンキースを史上初の3連敗4連勝で倒す。ワールドシリーズではセントルイス・カージナルスを4連勝で下し、レッドソックスを86年ぶりのワールドシリーズ制覇に導く。
喫煙者であるが、2007年のスプリングトレーニング中に禁煙宣言をした。もし、シーズン中に失敗した場合は、がんの研究機関に2万ドル寄付すると発表した一方で、今季終了まで続いた場合は、2度のがんを乗り越えた球団社長のラリー・ルキーノが研究機関に2万ドルを寄付するという(地区優勝のインタビューで、禁煙していたタバコをふかした。)。
2007年シーズンでは、投手と守備の補強と若手の台頭で、前半戦から首位を独走し、後半は疲れが出たものの、12年ぶりに地区優勝とメジャー最高勝率を果たし、ワールドシリーズでも初出場のコロラド・ロッキーズを4連勝で下し、3年ぶりの世界一に導いた。
2011年は、8月まではプレーオフ進出が確実な状況だったが、9月以降は歴史的な大失速でプレーオフ進出を逃した。この責任を取る形で、9月30日にレッドソックスの監督を退任した。
2011年時点での監督としての通算成績は1029勝915敗、勝率.529であった。
2012年はESPNの解説者を務めた。レギュラーシーズン終了後の10月6日に翌シーズンよりクリーブランド・インディアンスの監督に就任することが発表された[1]。
監督へと復帰した2013年はレギュラーシーズンを地区2位で終え、ワイルドカードゲームに進出した。また自身初の最優秀監督賞を獲得し[2]、復帰のシーズンに花を添えた。
2016年はワールドシリーズに出場し、2度目の最優秀監督賞を受賞した。
2017年、監督としてベンチ入りする予定だったオールスターでは、不整脈の治療に専念するため欠場した(代役はインディアンスのベンチコーチであるブラッド・ミルズが務めた。)[3]。
2022年オフの11月15日に全米野球記者協会(BBWAA)から1位票が17、2位票が9、計112ポイントで6年ぶり、史上9人目となる通算3度目の最優秀監督賞を受賞した[4]。
2023年8月5日のホワイトソックス戦の6回にホセ・ラミレスとティム・アンダーソンが乱闘を行ったが、フランコーナもこれに関わったとして退場処分を受けた[5]。
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人物
詳細情報
年度別打撃成績
年度別監督成績
- 2022年度シーズン終了時。
- 年度の太字は最優秀監督賞受賞。
- 順位の太字はプレーオフ進出(ワイルドカードを含む)。
- WS…ワールドシリーズ、LCS…リーグチャンピオンシップシリーズ、DS…ディビジョンシリーズ、WC…ワイルドカードゲーム(ワイルドカードシリーズ)。
表彰
背番号
- 16(1981年 - 1986年)
- 10(1987年)
- 24(1988年)
- 30(1989年 - 1990年)
- 55(1996年)
- 7(1997年 - 2000年)
- 11(2002年)
- 47(2003年 - 2011年)
- 17(2013年 - 2017年)
- 77(2018年 - )
脚注
関連項目
外部リンク
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