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第1普通科連隊

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第1普通科連隊
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第1普通科連隊(だいいちふつうかれんたい、JGSDF 1st Infantry Regiment)は、陸上自衛隊練馬駐屯地東京都練馬区)に駐屯する第1師団隷下の普通科連隊である。

概要 創設, 所属政体 ...

概要

連隊長は1等陸佐(二)が充てられ、連隊本部、本部管理中隊、5個普通科中隊および重迫撃砲中隊から編成される。

東京都に所在する唯一の普通科連隊として練馬駐屯地に駐屯し、主に東京23区災害派遣・防衛警備を担任している[2]。近年では台風26号に伴う伊豆大島災害派遣、豪雪による災害派遣などの民生支援も行っているほか[2]、国賓の歓迎行事や第45・49-51代内閣総理大臣吉田茂国葬での行進儀仗、第124代天皇裕仁大喪の礼や第125代天皇明仁(現:上皇)および第126代天皇徳仁即位の礼などの国家的行事や、PKO活動やイラクでの人道復興支援活動などの海外任務への派遣実績もある[3]

旧陸軍歩兵第1連隊との連続性を自任しており[3]『頭号連隊』を自称している[1]。歩兵第1連隊の追悼碑である「明治二十七・八年の役 陣歿者追悼の碑」と「忠勇八士の碑」は戦後、神奈川県川崎市(現:高津区溝の口にある歩兵第1連隊留守担当部隊跡に放置されていたが、1965年(昭和40年)にこれを見かねた歩兵第1連隊を母体とする「歩1会」が第1普通科連隊に要請し、練馬駐屯地へ両石碑を移設することになった[3]。第1普通科連隊は両石碑について、「旧陸軍第1師団歩兵第1連隊から受け継いだ石碑です。明治二十七・八年の日清戦争で殉職した126名、歩兵第1連隊による富士演習の日射病で殉職した8名をそれぞれ追悼しています」「歩兵1連隊の殉国勇士の安住の地練馬にて、先人に恥じないように日々練磨していきたいと思います」としている[3]

訓練は主に富士地区演習場で小銃射撃訓練、迫撃砲射撃訓練などを実施する。

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沿革

第1連隊

第1普通科連隊

  • 1954年(昭和29年)
  • 1956年(昭和31年)
    • 1月24日:第2大隊が第13普通科連隊に編入。第3、第9中隊を基幹として第2大隊が練馬駐屯地に編成。
    • 2月7日:第2大隊が練馬駐屯地から習志野駐屯地に移駐。
  • 1960年(昭和35年)1月20日:第2大隊が習志野駐屯地から市ヶ谷駐屯地に移駐。
  • 1962年(昭和37年)1月18日:第1管区隊の第1師団への改編に伴い、連隊再編。
  1. 本部管理中隊、4個普通科中隊および重迫撃砲中隊編成となる。
  2. 第2大隊を母体として第32普通科連隊が編成。
  • 1964年(昭和39年)9月15日:東京オリンピック支援(10月26日まで、連隊長が式典支援群長を兼補)。
  • 1992年(平成04年)3月27日:第1師団の近代化改編により、自動車化連隊へ改編。
  • 2002年(平成14年)3月27日:第1師団の政経中枢師団への改編。
  1. 重迫撃砲中隊を廃止し、第5普通科中隊を新編。
  2. 後方支援体制変換に伴い、整備部門を第1後方支援連隊第2整備大隊第1普通科直接支援中隊へ移管。
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部隊編成

整備支援部隊

  • 第1後方支援連隊第2整備大隊第1普通科直接支援中隊「1後支-2整-1」(練馬駐屯地):2002年(平成14年)3月27日から

連隊長

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主要装備

警備隊区

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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