釜石市
岩手県の市 ウィキペディアから
岩手県の市 ウィキペディアから
釜石市(かまいしし)は、岩手県南東部、三陸海岸の中心に位置する市。旧上閉伊郡、気仙郡。世界三大漁場の一つである北西太平洋漁場の一角をなす三陸漁場と典型的なリアス式海岸を持つ。
かまいしし 釜石市 | |||||
---|---|---|---|---|---|
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 東北地方 | ||||
都道府県 | 岩手県 | ||||
市町村コード | 03211-5 | ||||
法人番号 | 8000020032115 | ||||
面積 |
440.35km2 (境界未定部分あり) | ||||
総人口 |
29,262人 [編集] (推計人口、2024年8月1日) | ||||
人口密度 | 66.5人/km2 | ||||
隣接自治体 | 遠野市、大船渡市、上閉伊郡大槌町、気仙郡住田町 | ||||
市の木 | たぶのき | ||||
市の花 | はまゆり(スカシユリ) | ||||
市の鳥 | おおみずなぎどり | ||||
釜石市役所 | |||||
市長 | 小野共 | ||||
所在地 |
〒026-8686 岩手県釜石市只越町三丁目9番13号 北緯39度16分33秒 東経141度53分08秒 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
ウィキプロジェクト |
西を松倉山や仙磐山などの北上山地に囲まれ、東を太平洋に囲まれている。平野部は少なく、可住地面積も多くない。
夏はやませの影響を受けるが、フェーン現象によって暖められた風が北上山地から吹き降ろすことにより、県内で最も高い気温を記録することがある。厳暑となった2015年の7月から8月上旬には、東北北部としては珍しく、38℃を超える気温を2回観測した。
釜石( 盛岡地方気象台・1991 - 2020年平均)の気候 | |||||||||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
最高気温記録 °C (°F) | 15.9 (60.6) |
20.4 (68.7) |
24.7 (76.5) |
31.3 (88.3) |
34.7 (94.5) |
37.8 (100) |
38.4 (101.1) |
38.8 (101.8) |
36.4 (97.5) |
31.4 (88.5) |
26.6 (79.9) |
23.0 (73.4) |
38.8 (101.8) |
平均最高気温 °C (°F) | 5.3 (41.5) |
5.9 (42.6) |
9.3 (48.7) |
14.9 (58.8) |
19.6 (67.3) |
22.1 (71.8) |
25.5 (77.9) |
27.5 (81.5) |
24.4 (75.9) |
19.4 (66.9) |
14.0 (57.2) |
8.1 (46.6) |
16.4 (61.5) |
日平均気温 °C (°F) | 1.3 (34.3) |
1.6 (34.9) |
4.5 (40.1) |
9.6 (49.3) |
14.4 (57.9) |
17.6 (63.7) |
21.4 (70.5) |
23.2 (73.8) |
19.9 (67.8) |
14.3 (57.7) |
8.8 (47.8) |
3.8 (38.8) |
11.7 (53.1) |
平均最低気温 °C (°F) | −2.4 (27.7) |
−2.4 (27.7) |
0.0 (32) |
4.7 (40.5) |
9.8 (49.6) |
13.9 (57) |
18.2 (64.8) |
19.8 (67.6) |
16.2 (61.2) |
10.0 (50) |
4.1 (39.4) |
−0.1 (31.8) |
7.7 (45.9) |
最低気温記録 °C (°F) | −11.4 (11.5) |
−12.9 (8.8) |
−9.2 (15.4) |
−4.2 (24.4) |
0.3 (32.5) |
3.1 (37.6) |
8.3 (46.9) |
9.9 (49.8) |
6.2 (43.2) |
0.0 (32) |
−4.9 (23.2) |
−10.1 (13.8) |
−12.9 (8.8) |
降水量 mm (inch) | 63.1 (2.484) |
52.0 (2.047) |
112.3 (4.421) |
128.0 (5.039) |
153.3 (6.035) |
177.6 (6.992) |
180.9 (7.122) |
205.1 (8.075) |
253.9 (9.996) |
197.4 (7.772) |
91.6 (3.606) |
71.8 (2.827) |
1,693.2 (66.661) |
平均月間日照時間 | 150.3 | 150.8 | 172.2 | 186.4 | 188.1 | 152.3 | 138.1 | 156.6 | 128.4 | 142.2 | 142.1 | 134.2 | 1,845.7 |
出典:気象庁[1] |
製鉄業が盛んで一時期は人口が9万人以上であったが、高炉の休止、さらには東日本大震災によって人口減少し、2022年(令和4年)10月末時点では最盛期の3分の1の 30,707人である[2]。
2015年(平成27年)国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、7.00%減の36,802人であり、増減率は県下33市町村中17位。
釜石市と全国の年齢別人口分布(2005年) | 釜石市の年齢・男女別人口分布(2005年) | |||||||||||||||||||||||||||||||||
■紫色 ― 釜石市
■緑色 ― 日本全国 | ■青色 ― 男性 ■赤色 ― 女性 | |||||||||||||||||||||||||||||||||
釜石市(に相当する地域)の人口の推移
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||
総務省統計局 国勢調査より |
古くは三陸地方の小さな漁村であったが、幕末に盛岡藩士の大島高任が日本初の商用高炉(現世界遺産・橋野高炉跡)を成功させたのを嚆矢として、明治政府により日本初の官営製鉄所(後に釜石鉱山田中製鉄所に民営移管)が設置され、日本の近代製鉄発祥の地となった。また釜石港で日本の海図の第1号が作成されている。
太平洋戦争では米軍による釜石艦砲射撃により市街地が壊滅するも戦後に復興し、日本がオリンピック景気で建設需要の高まった最盛期には人口が9万人を超えるなど、東北有数の重工業都市となった。また新日本製鐵釜石製鐵所(現日本製鉄北日本製鉄所釜石地区)の実業団チーム「新日鉄釜石ラグビー部」は、1978年から1984年にかけて日本選手権7連覇を達成し、その強さから「北の鉄人」と呼ばれ、日本ラグビー史に一時代を築いたチームとなった。
「釜石」の地名は、アイヌ語の「クマ・ウシ」(魚を干す場所があるところ)に由来するという説や、また仙人峠の麓の甲子川沿いにある巨岩を釜に見立てたことにちなむという説などがあるが、いずれも定説とはなっていない[3]。
代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
旧・釜石市長 | ||||
1 | 小野寺有一 | 1937年(昭和12年)6月12日 | 1941年(昭和16年)5月11日 | |
2 | 1941年(昭和16年)5月12日 | 1942年(昭和17年)4月20日 | ||
3 | 1942年(昭和17年)5月11日 | 1946年(昭和21年)5月10日 | ||
4 | 沢田権左エ門 | 1947年(昭和22年)1月8日 | 1947年(昭和22年)3月19日 | |
5 | 1947年(昭和22年)4月5日 | 1951年(昭和26年)4月4日 | ||
6 | 1951年(昭和26年)4月23日 | 1955年(昭和30年)3月31日 | 合併に伴う新・釜石市発足により任期途中で失職 | |
釜石市長 | ||||
1 | 鈴木東民 | 1955年(昭和30年)5月18日 | 1959年(昭和34年)5月17日 | |
2 | 1959年(昭和34年)5月18日 | 1963年(昭和38年)5月17日 | ||
3 | 1963年(昭和38年)5月18日 | 1967年(昭和42年)5月17日 | ||
4 | 栗沢勇治 | 1967年(昭和42年)5月18日 | 1971年(昭和46年)5月17日 | |
5 | 1971年(昭和46年)5月18日 | 1975年(昭和50年)5月17日 | ||
6 | 浜川才治郎 | 1975年(昭和50年)5月18日 | 1979年(昭和54年)5月17日 | |
7 | 1979年(昭和54年)5月18日 | 1983年(昭和58年)5月17日 | ||
8 | 1983年(昭和58年)5月18日 | 1987年(昭和62年)5月17日 | ||
9 | 野田武義 | 1987年(昭和62年)5月18日 | 1991年(平成3年)5月17日 | |
10 | 1991年(平成3年)5月18日 | 1995年(平成7年)5月17日 | ||
11 | 1995年(平成7年)5月18日 | 1999年(平成11年)5月17日 | ||
12 | 小野信一 | 1999年(平成11年)5月18日 | 2003年(平成15年)5月17日 | |
13 | 小沢和夫 | 2003年(平成15年)5月18日 | 2007年(平成19年)5月17日 | |
14 | 2007年(平成19年)5月18日 | 2007年(平成19年)10月2日 | 任期途中で死去 | |
15 | 野田武則 | 2007年(平成19年)11月18日 | 2011年(平成23年)11月17日 | |
16 | 2011年(平成23年)11月18日 | 2015年(平成27年)11月17日 | ||
17 | 2015年(平成27年)11月18日 | 2019年(令和元年)11月17日 | ||
18 | 2019年(令和元年)11月18日 | 2023年(令和5年)11月17日 | ||
19 | 小野共 | 2023年(令和5年)11月18日 |
中央はカマ(釜)、輪郭は海の防波堤ならびに鉄を表し、みなと釜石と鉄都を表徴するとともに、釜石の振興発展を意味する。1937年(昭和12年)の単独市制施行と同時に制定[5][6][20]。
平成19年の3大基盤整備(仙人峠道路・湾口防波堤・公共ふ頭)完成・市制施行70周年・近代製鉄150周年を記念として、イメージキャラクターのデザイン・愛称を募集し、“かまリン”が決定。特別住民票が交付されている[20]。
2022年、総務企画部の40代女性係長と建設部の40代男性主査が全市民3万人の住民基本台帳や作成したデータ、600人分のマイナンバーなどを自宅のパソコンにメールで送信したり、お互いに送り合ったりするなどの個人情報の持ち出し行為を行っていたことが発覚。市はこの職員2人を懲戒免職とした[21]。これらの情報漏洩は遅くとも2015年から繰り返し行われていた。またこの職員2人から情報漏洩を受けていた市民生活部の40代の主査が3か月の停職処分となった[22]。これらの情報は関係した職員以外の外部への流出は確認されていない。市では副市長を委員長として「釜石市個人情報漏えい調査委員会」を設置し、2023年5月1日付で調査結果を公表した[23]。
2011年3月まで旧釜石市民文化会館が存在した。同館は2011年の東日本大震災で被災し2014年に解体された。旧市民文化会館では、自主文化事業として市民手作りの舞台「釜石市民劇場」が開催されていたが、震災以降2017年まではシープラザ遊(現在は解体)を会場として継続していた。2018年12月に市民ホールがオープンし「釜石市民劇場」は2019年2月から釜石市民ホールでの開催となる。ただし自主文化事業ではなくなっている。
※以下は廃校
※以下は廃校
※以下は廃校
なお、1880年(明治13年) - 1883年(明治16年)と1893年(明治26年) - 1965年(昭和40年)には、釜石-陸中大橋間に現在の釜石線と並行して鉱石輸送のための専用鉄道が存在した。釜石鉱山鉄道を参照。
※以下は廃止
2019年6月1日、かまいしまるごとコミュニティバスの一部路線の廃止を受けて、末端区間の代替バスの運行を開始した。
運行委託:岩手旅行社
運行委託 : 岩手旅行社・釜石タクシー
始発の1時間前までに事前登録と予約が必要。ただし、土・日・祝日利用の場合は前営業日までとなっている。
太字で乗降する場合は前日、または前営業日までに予約が必要。
芸能・芸術・文化・スポーツ・産業・行政などの各分野で活躍している、釜石にゆかりのある県外在住者に委嘱し、釜石の魅力を情報発信してもらうことで釜石のイメージアップを図るとともに、情報提供および助言を得るため設置している。
No, | 氏名 | 経歴 | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 浅田久美 | アテネ・北京五輪 ウェイトリフティング競技女子日本代表チーム監督など歴任 | 釜石市出身 |
2 | 阿部征次 | 前東京女子体育大学学長 | 釜石市出身 |
3 | あんべ光俊 | シンガーソングライター、音楽プロデューサー | 釜石市出身 |
4 | 池田肇 | 東京交響楽団首席オーボエ奏者 | 釜石市出身 |
5 | 石森寛 | 釜石はまゆり会会長、東京岩手美術会代表、日本美術家連盟会員、画家 | 釜石市出身 |
6 | 猪瀬迪夫 | 元釜石製鐵所所長、元日鉄エンジニアリング株式会社常務、元東京製鋼株式会社社長、アフリカ国連MDGs特別大使 | |
7 | 大久保晋 | ジャパニーズレゲエ・ベーシスト、整体師 | 釜石市出身 |
8 | 小形博行 | エスビー食品株式会社代表取締役社長 | 釜石市出身 |
9 | 小野崎敏 | 日鉄鉱業株式会社名誉顧問、鉱山史研究家、元釜石鉱山株式会社社長 | |
10 | 金山亜希雄 | 元釜石製鐡所所長、前釜石はまゆり会会長 | |
11 | きくち教児 | タレント、中京テレビ「おめざめワイド」キャスターなど | 釜石市出身 |
12 | 菊池流帆 | プロサッカー選手 | 釜石市出身 |
13 | 玄田有史金 | 東京大学社会科学研究所教授(「希望学・釜石調査」「防災危機対応学」など実施) | |
14 | 小山ゆうこ | メゾソプラノ歌手 | 釜石市出身 |
15 | 佐々木貴範 | 写真家、「釜石橋上市場-追憶の光景」など出版 | 釜石市出身 |
16 | 笹田学 | 明治大学評議員、(公財)日本ラグビーフットボール協会元理事 | 岩手県出身 |
17 | 柴孝也 | 慈恵会医科大学客員教授 | 釜石市出身 |
18 | 鈴木秀幸 | 元東海市議会議員 | 釜石市出身 |
19 | 瀬川爾朗 | 前岩手県人連合会会長、東京大学名誉教授 | 釜石市出身 |
20 | 多田健芳 | 千葉市立花園中学校教師・釜石を題材に社会科授業実践 | 中学まで釜石市在住 |
21 | 原口あゆみ | 声楽家 | 釜石市出身 |
22 | 平原綾香 | アーティスト、歌手 | |
23 | 藤原綾子 | 株式会社ユミカツラインターナショナルアクセサリーデザイナー | 釜石市出身 |
24 | 松尾雄治 | スクラム釜石キャプテン、元新日鐡釜石ラグビー部監督、元成城大学ラグビー部監督 | |
25 | メラニー・ブロック | 在日オーストラリア・ニュージーランド商工会議所 (ANZCCJ) 名誉会頭 | |
26 | 三浦俊也 | 元サッカーベトナム代表監督、前ホーチミン・シティFC監督 | 釜石市出身 |
27 | 森重隆 | (公財)日本ラグビーフットボール協会会長、元新日鐵釜石ラグビー部監督、元福岡市教育委員 | |
28 | 山田久志 | プロ野球解説者、野球評論家、元富士製鐵釜石野球部投手 | |
29 | 矢内廣 | ぴあ代表取締役社長、元一般社団法人チームスマイル代表理事 | |
30 | 柚月裕子 | 作家・フリーライター | 釜石市出身 |
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Every time you click a link to Wikipedia, Wiktionary or Wikiquote in your browser's search results, it will show the modern Wikiwand interface.
Wikiwand extension is a five stars, simple, with minimum permission required to keep your browsing private, safe and transparent.