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岡山県・香川県の放送

岡山県と香川県における放送に関する項目 ウィキペディアから

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岡山県・香川県の放送(おかやまけん・かがわけんのほうそう)は、岡山県香川県岡高地区)における放送に関する項目である。

歴史

  • 1931年昭和6年)2月1日 - NHK岡山放送局開局。AMラジオ放送(現・ラジオ第1放送)を開始。
    • これにより岡山県南部の広い地域でAMラジオが聴取可能になった他、香川県全域でもそれまでのNHK大阪放送局に加えて、より近い岡山からのラジオが聴取出来るようになった。
  • 1944年(昭和19年)5月17日 - NHK高松放送局が開局。AMラジオ放送のNHK大阪放送局中継を開始。
  • 1946年(昭和21年)
    • 6月3日 - NHK高松が初のローカル放送を開始。
      • 香川県にとって初となる県域ローカル放送である。
    • 9月1日 - NHK岡山がラジオ第2放送を開始。
  • 1953年(昭和28年)10月1日 - 西日本放送山陽放送が開局。AMラジオ放送を開始。
    • それぞれ両県にとって初の民放(民間放送)である。
  • 1957年(昭和32年)12月23日 - NHK岡山がテレビ放送(現・総合テレビ)を開始。
    • 岡山県初のテレビ放送であった他、この時は放送対象地域(正規の放送エリアであり、取材対象地域)に香川県の全域を含めており、事実上香川県でも最初のテレビ放送であった。
  • 1958年(昭和33年)
  • 1963年(昭和38年)6月29日 - NHK岡山が教育テレビ(現・Eテレ)の放送を開始。
  • 1969年(昭和44年)
    • 3月1日 - 全国のNHKが一斉にFMの本放送開始[1]
      • NHK高松の場合は同月に開始予定のテレビ放送の準備調整と同時進行であり、結果的にテレビ放送よりもFM放送のほうが先に開局した全国でも稀有な事例[† 1] となった。
    • 3月22日 - NHK高松総合・教育テレビが放送を開始。
      • 広域放送圏内を除く全国のNHKで最後発のテレビ放送開始であり、これにより香川県はNHK岡山の放送対象地域から独立し、初の自県発のNHK総合テレビを有した[2]
    • 4月1日 - UHF親局瀬戸内海放送岡山放送が開局。
  • 1979年(昭和54年)4月1日 - 両県の民放テレビ局の放送対象地域を統合
    • これにより1986年にかけて、香川県側の民放の送信所親局)を岡山県の金甲山送信所へ統一したほか、両県民放が初めてそれぞれ相手県へ乗り入れて中継局を設置するなど、ハード面での整備が行われた。
  • 1985年(昭和60年)10月1日 - テレビせとうち開局。
    • 両県同時に開局した初のテレビ局であり、全国で昭和最後のテレビ局となった他、当時政令指定都市を持たない地方都市において初のテレビ東京系列のテレビ局となった。
  • 1988年(昭和63年)4月1日 - エフエム香川が開局。
    • 香川県にとって初の民放FM局であった他、岡山県南部の広い地域でもそれまでのNHK-FMに加えて民放FM局が聴取できるようになった。
  • 1999年平成11年)4月1日 - エフエム岡山が開局。
    • それまで岡山県南部の広い地域でFM香川が聴取可能であったため、南部地域にとっては県域局ベースで事実上2局目の民放FM局であった他、同時にそれまでNHK-FMしか聴取出来なかった岡山県北部にも中継局が開局したため、北部地域にとっては初の民放FM局となった。
  • 2006年(平成18年)12月1日 - 両県の全テレビ局が地上デジタルテレビジョン放送開始。
    • 福岡県を除く九州地方と共に全国で最も遅い開始となった他、試験放送段階から本放送開始まで金甲山送信所(北讃岐中継局)と前田山送信所の2か所同時進行で行われるという全国でも唯一の事例となった。
  • 2018年(平成30年)3月21日 - 山陽放送ラジオ、岡山FM補完中継局が開局[3]
  • 2019年(平成31年)4月1日 - 山陽放送の持株会社化により中波放送、FM補完放送、テレビジョン放送を含めた放送事業をRSK山陽放送に承継。
  • 2020年(令和2年)2月16日 - 西日本放送ラジオ、高松FM補完中継局が開局[4]
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放送局一覧

準広域局

いずれも岡山・香川両県全域を放送対象地域としている民放テレビ局。正式には「2つの県を放送対象地域とする県域放送」であるが、「準広域放送」といわれる場合もある。

岡山市に登記上の本店・本社・演奏所を置くRSK山陽放送岡山放送テレビせとうちの3社は、事業拠点として高松市内に四国支社を設置しているが、高松市に登記上の本店・本社・演奏所を置く西日本放送瀬戸内海放送は、その拠点性の高さから、岡山市内にも岡山本社を置く2本社制で運用している。

西日本放送と瀬戸内海放送の岡山本社、RSK山陽放送と岡山放送の四国支社は、それぞれテレビ番組が制作できるスタジオを持っており、ニュースや特番における中継で利用されている。ただし唯一、テレビせとうちの四国支社にはスタジオが無い。

このリモコンキーIDは全て関東広域の各民放キー局と同じで、民放5局が揃う地域としてはここだけである。これはアナログ放送親局のchがVHFだったのが西日本放送の9chと山陽放送の11chだけで、全局キー局の若い番号(4~8)が重なることなく空いていたためである。


県域局

ラジオ・テレビいずれも名目上は岡山県か香川県のどちらか一方のみを放送対象地域としている。

NHK

民放AMラジオ局

民放FMラジオ局

インターネットラジオによる再放送

  • 民間放送主体のradikoは総務省の放送対象地域に準じ、岡山県・香川県のそれぞれ1択であるため、それぞれ県外の放送を聴取する場合は、有料会員制「radikoプレミアム・エリアフリー」への入会が必要となる。
  • NHKのらじるらじるは、岡山放送局、高松放送局を選択することは不可能である(再放送していないため)が、全国8拠点放送局[5]から任意で選択可能である。
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相互乗り入れへの動きとその後

要約
視点

岡山・香川両県は瀬戸内海を挟んで向かい合うことから、地域相互間での放送電波が飛び交うスピルオーバー地帯である。

NHK総合も当初は岡山・香川両県及び兵庫県播磨地方を対象に金甲山に送信所を設け、NHK岡山放送局VHFテレビ放送を開始、続く民放も山陽放送が岡山県を放送エリアとし、金甲山に送信所を設置してVHFテレビ放送を開始した。一方、高松市に本社を持つ西日本放送は香川県を放送エリアとし、市内の五色台に送信所を設置してVHFテレビ放送を開始した。放送開始当時から岡山・香川の県庁所在地かつ最大都市の岡山市と高松市を含む、両県の瀬戸内海沿岸部では、3局を視聴可能であったものの、それぞれの放送エリアの兼ね合いで3局でVHFテレビ送信所が揃わない状況となった。

1970年前後に全国にUHFテレビ局が次々と開局していく過程では、従来テレビ放送を行っていなかったNHK高松放送局がUHFテレビ放送を開始してNHK岡山放送局のエリアから独立し[2]、また県域UHF民放テレビ局として金甲山を送信所に岡山放送、前田山を送信所に瀬戸内海放送がそれぞれ開局した。これを機に岡山・香川両県は既存VHF民放局も含めてそれぞれ独立の県域放送エリアとして扱われるようになった。

そうした中で、面積が小さく大半が平地である香川県では、大半の地域で自県のテレビ放送に加え、金甲山からのテレビ放送を見ることができ、民放4局を視聴できた。一方、岡山県では南部で香川県のテレビ放送を視聴できる一方、北部と山間部の地域では山がちな地形の関係上できなかった。

当時の状況[† 2]
岡山市に本社を置く放送局
高松市に本社を置く放送局
さらに見る 放送局, NTV系 ...

相互乗り入れ前にはそれぞれ本社の所在する県を放送対象地域としていたが、瀬戸内海に近い地域などこれら4局が受信可能な地域では各系列局同士の補完が可能で実際に岡山・高松の2都市をはじめとする2県で日常的に視聴されてきた。特に本局がVHF波である山陽放送や西日本放送で顕著であった。

ただ、カバーエリアとしては両県に跨っていても放送対象地域の絡みもあり、各局の中継局の設置は、山陽放送と岡山放送が岡山県内、西日本放送と瀬戸内海放送が香川県内にとどまっていた。

しかしながら4社の中で最も経営体力が弱い瀬戸内海放送は1975年小豆島小豆島中継局を設置、表向きは香川県内向けの中継局であったが、スピルオーバーにより岡山県南部でも視聴可能なエリアが広がることになる。さらに岡山県の山陽新聞などに「小豆島にアンテナを向けてください」と新聞広告を出し、視聴可能であることを公然とアピールするようになった。これに伴い本来なら放送エリア外の岡山県の企業も瀬戸内海放送でCMを放映するようになり、同局は広告収入が増加する恩恵を受けている。

一方で、1972年鳥取島根両県の民放が相互にエリアを拡大するという事例があり、岡高地区についても民放局の増加で特に瀬戸内海沿岸地域における中継局のチャンネル数が逼迫する可能性があった。

そこで1979年4月1日付けで旧郵政省(現:総務省)が民放テレビ局に限り岡山・香川両県を同一エリアとするチャンネルプランの変更を行った。それ以後、テレビ放送における用語としてこの両県を、それぞれの県の県庁所在地である岡山市高松市から、岡高地区と呼ぶようになる。

これ以降、岡山・香川両県の民放は相互に乗り入れた放送を行っており、本社をどちらに置いていても両県全域を一つのエリアとみなして運用しているが、こちらは鳥取・島根両県(テレビ・AM・FM全てが、NHKは県域、民放は準広域)の場合と違って、「民放テレビは準広域、NHKと民放ラジオは県域」という構図である。

これに伴い、同年2月1日に瀬戸内海放送が小豆島中継局の指向性を岡山県向けに変更すると共に出力を1kW→5kWに増力(岡山県内向け中継局化)し、同月17日には岡山放送が金甲山送信所の岡山県向けに設定されていた指向性を解除し、香川県内向けの送信を本格的に開始している。

1983年3月24日に西日本放送と瀬戸内海放送が岡山県に岡山佐山テレビ中継局を、1984年4月5日に岡山放送が、1985年3月27日に山陽放送が香川県に高松(前田山)テレビ中継局をそれぞれ開局して、テレビ中継局に関しても相互乗り入れが開始された。

さらに見る チャンネル, 放送局名 ...

そして1984年に高松・前田山にあった瀬戸内海放送の本局送信所と1986年五色台の青峰にあった西日本放送の本局送信所を、それぞれ岡山県側の本局送信所がある岡山・玉野両市の金甲山に移転した。その際に瀬戸内海放送の旧高松本局は出力を半減した上で中継局に降格し、さらに西日本放送の旧本局は廃止の上で代替として瀬戸内海放送と同じ前田山に同出力の中継所を新設、瀬戸内海放送小豆島中継局もチャンネル変更の上、大幅減力(5kw→300w)して移転した。

さらに西日本放送は、他局が岡山本局とする金甲山の送信所をチャンネルを従来通り(9ch)とした上で「高松本局」、同じく他局が高松中継局とする前田山の中継局は「前田山中継局」の扱いで放送する様になる。なお、四国新聞山陽新聞は他の放送局と同じく金甲山を「岡山局」、前田山は「高松局」と扱う。

一方でAMラジオにおいても同様の状況であったため、相互補完の意味合いもあり、ラジオ・テレビ兼営である山陽放送(岡山県側)がJRN、西日本放送(香川県側)(いずれも1953年10月1日開局)がNRNにそれぞれ単独加盟し、各ネットワークのネットを受けていた。だが、1997年以降は山陽放送の番組不足などからAM波に関しては相互棲み分けが撤廃され、JRN・NRN双方の加盟局となった。両局は実質的に両県で現在も聴取できるものの、放送対象地域としては一貫して山陽放送が岡山県、西日本放送が香川県と県域単位のままで、AMラジオについてはテレビのように隣県に乗り入れて中継局が増設されることはなく、山陽放送親局送信所が10kWに増力された程度である。

新局開局 - 民放5社体制

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開局時のテレビせとうち本社

相互乗り入れ実現とともに、民放テレビチャンネルの追加割り当ても実施され、乗り入れ後の1985年10月に、両県にとっての第5の民放テレビ局・テレビせとうちテレビ東京系列)が開局し、岡山県と香川県は三大都市圏以外で、かつエリア内に政令指定都市を一切持たない放送エリア(当時。2009年4月に岡山市が政令指定都市に移行)で初めて5大民放系列局が立地する体制となった。現在もいわゆる「東名阪札福」以外、中国・四国地方では、唯一5大民放系列局が立地する地域である。

その他にも岡山・高松両市に本社を構える各民放局共に乗り入れ先の県内にも中継局を新設するようになったが、一部では今なお乗り入れ側の中継局がない地域も残されている(テレビせとうちのみ未開局となっている地域があるところと岡山県側で西日本放送、瀬戸内海放送、テレビせとうちが未開局となっている地域が混在している。例:岡山県真庭市蒜山高原地域にある民放アナログテレビ中継局は山陽放送と岡山放送のみであるが、デジタル放送は前者2局に西日本放送、瀬戸内海放送も設置されている)。

なお、地上デジタル放送においてはこれらの地域にも全局の中継局を設置する予定となっているが、検討中や非該当の地域もあるため、全域をカバーするかは不透明。中継局建設費用の半額を補助する「後発民放中継局整備支援策」(総務省が所管)を活用したアナログ未開局地域における後発民放中継局の新規設置も2012年時点では予定されていない。

ただし、ケーブルテレビまたは共聴設備が整備されている地区では、加入することで全民放5局を視聴することができる。

チャンネル数の逼迫

テレビせとうちの開局により、岡山・香川では高松市沖を中心とした半径28km以内の狭い範囲にある出力1kW以上の大規模基幹局が、19ch~41chの奇数チャンネルとその前後の偶数チャンネルを全て独占する構図になった。なお、奇数チャンネルの間にある偶数チャンネルやその逆のパターンについては混信が起るため、出力の大きい基幹局同士のエリアが重複してしまう場合では通常、使用しない。特に瀬戸内海に面する両県は自県の送信所が他県へ及ぼすスピルオーバーの影響が著しく、チャンネル数の逼迫という問題がエリア外にまで影響を及ぼしていた。

両県基幹局(1kW以上)のチャンネル使用状況
  • 16ch…テレビせとうち西讃岐局(出力3kW)
  • 18ch…山陽放送西讃岐局(出力3kW)
  • 19ch…テレビせとうち高松局(出力5kW)
  • 20ch…西日本放送西讃岐局(出力3kW)
  • 22ch…岡山放送西讃岐局(出力3kW)
  • 23ch…テレビせとうち岡山局(出力20kW)
  • 25ch…瀬戸内海放送岡山局(出力20kW)
  • 27ch…NHK総合小豆島局(出力1kW)
  • 29ch…山陽放送高松局(出力5kW)
  • 31ch…岡山放送高松局(出力5kW)
  • 33ch…瀬戸内海放送高松局(出力5kW)
  • 35ch…岡山放送岡山局(出力20kW)
  • 37ch…NHK総合高松局(出力10kW)
  • 39ch…NHK教育高松局(出力10kW)
  • 40ch…NHK教育西讃岐局(出力3kW)
  • 41ch…西日本放送高松局(出力5kW)
  • 42ch…瀬戸内海放送西讃岐局(出力3kW)
  • 44ch…NHK総合西讃岐局(出力3kW)

このようにチャンネル数の逼迫は全国で同様に起こっており、2003年から始まる地上デジタル放送移行への大きな要因となった。

地上デジタル放送

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民放の親局(金甲山送信所)

三大都市圏2003年12月1日11時より開始された地上デジタルテレビジョン放送は、岡山・香川両県では2006年12月1日に開始される事が決定。これに先立ち、岡山・香川その他全国のデジタル放送未開始の放送事業者には、2005年11月15日総務省から一斉に予備免許を交付された。また全国でも有数のスピルオーバー地帯である岡山・香川を始めとする瀬戸内海沿岸では、2004年頃からアナアナ変換と呼ばれる現行アナログ放送のチャンネル移行が行われ始めている。

その頃、この地域の放送局でも岡山放送を皮切りにデジタル放送に向けた放送機器の更新が行われていった(岡山放送:2005年8月1日・東芝製、NHK岡山:2005年8月22日の社屋移転時、西日本放送:2005年11月1日・東芝製、山陽放送:2006年2月1日・NEC製、瀬戸内海放送:2006年6月26日・NEC製、NHK高松:2006年9月11日)。なお、テレビせとうちではデジタル放送開始に合わせて本社と演奏所を新社屋に移転した。

そして2006年8月26日、岡山放送が先陣を切って金甲山送信所及び前田山送信所より「映像の再生に必要な制御信号」を含めない試験放送を開始し、続いて同年10月には瀬戸内海放送が同種の試験放送を開始した。それがこの地域に初めて流れたデジタル波で、いずれも試験放送開始当初からアナログ放送と同一の番組のサイマル放送であった。なお、それらはいずれも「映像の再生に必要な制御信号」が含まれていなかったため、物理チャンネルを指定できる一部のデジタルチューナーでは視聴できたものの放送局として登録されないばかりか、一般のデジタル放送対応チューナーではスキャンしてもスルーされ、一切視聴はできないものであった。

その後試験放送を開始していなかった局も同月12日には一斉に「映像の再生に必要な制御信号」を含めた試験放送を開始、一般のチューナーでも視聴できる試験放送が開始された。そこではNHKと西日本放送及び以前から試験放送を行っていた岡山放送と瀬戸内海放送はこの試験放送開始当初からアナログ放送と同一の番組のサイマル放送であったが、山陽放送は16日まで、テレビせとうちは11月19日まで試験用動画でのみの試験放送だった。その間各局とも最終調整を行った上で、同月22日に、総務省から、それまでの予備免許から本免許にあたる無線局免許状が交付され、12月1日に金甲山送信所及び前田山送信所から「本放送」を開始した。また三大都市圏を含めた他地域の放送局がまず一つの送信所から放送を開始し、その後徐々に他の中継局などをデジタル化したのに対し、この地域では試験電波・試験放送の段階から金甲山及び前田山の二つ同時に行っていた。

本放送開始に向けて行われていたアナアナ変換の作業は、香川県では2006年8月9日志度中継局及び高松栗林中継局、岡山県では2007年12月19日の矢掛西中継局、それぞれの現行波停波を以って終了した。その作業のため、結果的に岡山・香川の地上デジタル放送の開始は福岡県を除く九州各県と共に、全国で最も遅い開始となった。

なお、地上デジタルテレビジョン放送の開始に際し、NHK高松放送局は内陸部にある高松局の電波が受信しづらく、岡山方面にアンテナを向けてテレビ放送を受信する香川県の世帯に配慮して金甲山にデジタルテレビの中継局を特別に設置した。北讃岐中継局

地上波アナログテレビ放送終了に伴い、AMラジオ放送局のFM補完中継局が認可されたが、県域放送の枠組みは変わらず、放送対象区域外へのスピルオーバーは抑制されている。また相前後して導入されたradikoにおいても無料の基本サービスで聴取可能なのはそれぞれの放送対象区域の県のみとなっている(民放FM両局も同様)。

相互乗り入れの評価

人口・面積において狭小であった香川県側のテレビ局では、乗り入れが行われると岡山県側へ大きくエリアが広がることから乗り入れに積極的であった一方、岡山県側のテレビ局では乗り入れをしなくても平野の多い香川県側へは大半の地域に電波が入っており、また香川県のテレビ局が進出することによって香川県側以上に地盤である岡山県におけるCM市場のパイが奪われることになるため、乗り入れには否定的であった[7]

かつて盛んであった岡山・香川両県の人的交流も、明石海峡大橋完成後の高速道路網の整備やモータリゼーションの進行によって、乗り入れ当時と21世紀の状況では大きく変化している。

国土交通省が1990年から5年ごとに行っている全国幹線旅客純流動調査によれば、香川県から岡山県への人の流動は1990年から2010年にかけて316.5万人→251.1万人→145.2万人→194.9万人→196.0万人と大きく減少し、代わりに香川県から対四国内へ向けた流動数が激増している。流動先の都道府県に占める順位も、1990年時点では対岡山県の流動が圧倒的首位であったが年々低下し、2010年時点における岡山県への流動数は首位である徳島県の半数にも満たないほど減少している。逆に岡山県から香川県への流動数も、2010年時点では広島県、兵庫県、鳥取県、大阪府に次いで第5位であり、現代における両県は、必ずしも最も緊密な相互交流を有するエリアではなくなっている[8]

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放送送信所

要約
視点

基本的にNHKと民放FMは県域放送であるため、金甲山・前田山・五色台いずれも親局であるが、民放テレビは全て金甲山送信所が親局、前田山送信所が中継局となる。ただ、西日本放送はUHFテレビ開局まで香川県唯一の地元テレビ局であったため、元の親局である五色台・青峰からの移転扱いであるが、同一チャンネルとし、金甲山の親局を「高松局」と称している。代替として高松市の前田山に開設した中継局は「前田山中継局」と称している。ただし、山陽新聞四国新聞に掲載される番組表カットのチャンネル一覧は西日本放送の場合でも他局と同じで、前田山は高松局、当ページの金甲山は岡山局の扱いとなる。

地上デジタルテレビジョン放送

概要 節内の全座標を示した地図 - OSM ...

地上デジタルテレビ放送中継局ロードマップで計画された中継局の整備は、香川県は2010年10月31日に土庄田井・津田の松原両中継局の設置をもって完了し、岡山県も2010年12月28日に総社・勝田真加部など13中継局の設置をもって完了した。この13中継局のうち、玉野田井中継局は中国地方の中継局ロードマップで計画された中継局で最後の予備免許交付となった。その後は、中継局ロードマップ計画後に設置が決まった岡山津島中継局と坂出川津中継局(同地区で初のデジタル波混信対策中継局である)が2011年3月31日に設置された。また、NHK岡山の中継局である岡山宝伝中継局が、2012年7月に放送区域外である香川県土庄町小豆島)に設置された。 ※中継局を増やしたりしているが、デジタル放送に完全移行した現在でも難視聴が100%解消されているわけではない。

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地上アナログテレビジョン放送

概要 節内の全座標を示した地図 - OSM ...
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AMラジオ放送

さらに見る 局名, 周波数 ...
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FMラジオ放送

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脚注

  1. NHK佐賀も同様にテレビ県域ローカル放送がFM本放送より半月遅れとなった。
  2. 4局とも相互乗り入れの前後に関わらずテレビせとうち開局までは東京12チャンネル→テレビ東京の番組のネットがあった。
  3. 1970年4月 - 9月は一時編成をフジテレビ系列に統一したが再度クロスネットに戻していた
  4. 岡山市南区には西日本放送・RSK山陽放送・テレビせとうち・岡山放送の送信所が所在、玉野市にはNHK岡山・瀬戸内海放送の送信所が所在。
  5. 美作局TSCのみ、2012年4月20日開局。
  6. 児島局RSKのみ2010年6月18日開局。
  7. 地上アナログテレビジョン放送の岡山北中継局がある場所に設置。
  8. 地上デジタルテレビジョン放送の中継局名は、岡山津島中継局。
  9. 2012年3月1日から約半年間の放送休止が続いていたが、同年8月20日より、音楽放送のみながら放送を再開。再開時に「MegaWAVE763」の愛称を採用。音楽放送の合間に番組を挿入する編成になった。2020年10月25日に閉局した。
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参考文献

関連項目

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