1938年の野球(1938ねんのやきゅう)では、1938年の野球界における動向をまとめる。
日本プロ野球
ペナントレース
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秋季
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
優勝 | 東京巨人軍 | 30 | 9 | 1 | .769 | - |
2位 | 大阪タイガース | 27 | 13 | 0 | .675 | 3.5 |
3位 | 阪急軍 | 21 | 17 | 2 | .553 | 8.5 |
4位 | 名古屋軍 | 19 | 18 | 3 | .514 | 10.0 |
5位 | 東京セネタース | 19 | 20 | 1 | .487 | 11.0 |
ライオン軍 | 19 | 20 | 1 | .487 | 11.0 |
7位 | イーグルス | 15 | 20 | 5 | .429 | 13.0 |
8位 | 南海軍 | 11 | 26 | 3 | .297 | 18.0 |
9位 | 名古屋金鯱軍 | 11 | 29 | 0 | .275 | 19.5 |
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個人タイトル
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秋季
タイトル | 選手 | 球団 | 成績 |
最優秀選手 | 中島治康 | 巨人 | |
首位打者 | 中島治康 | 巨人 | .361 |
本塁打王 | 中島治康 | 巨人 | 10本 |
打点王 | 中島治康 | 巨人 | 38点 |
盗塁王 | 佐々木常助 | 金鯱 | 20個 |
最優秀防御率 | スタルヒン | 巨人 | 1.05 |
最多勝利 | スタルヒン | 巨人 | 19勝 |
最多奪三振 | スタルヒン | 巨人 | 146個 |
最高勝率 | スタルヒン | 巨人 | .905 |
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東京大学野球
- 春 - 早明の優勝決定戦により、明大が優勝。
- 秋 - 明大が7勝2敗1分で前年春から4連覇を達成。
11月
- 11月12日 - 東京巨人軍対金鯱戦(後楽園)で巨人が勝利し、巨人の秋季に於ける優勝が決定。
- 11月16日 - イーグルス対大阪戦において、日本プロ野球史上初の打順間違いが起きる(参照)。
- 11月17日 - 巨人の中島治康が日本プロ野球史上初の打撃部門のタイトル三冠王を達成するが、当時は三冠王の認識がなく、1965年9月30日のプロ野球実行委員会において三冠王に認定されている[13]。
- 11月26日 - タイガース対巨人の年度優勝決定戦第1戦で、審判の判定に不服を持った巨人・藤本定義監督とバットを手にした三原脩が、試合後に抗議のために審判室に押しかけ、後日、出場停止処分と罰金処分を受ける。三原はこの処分を不服として、閉幕後に巨人を退団。
12月
- 12月2日 - 大阪タイガースが年度優勝決定戦で東京巨人軍に4連勝して年度優勝を決める。
- 第1試合(11月26日)大阪タイガース 3-2 東京巨人軍(甲子園)
- 第2試合(11月27日)大阪タイガース 5-4 東京巨人軍(甲子園)
- 第3試合(12月1日)大阪タイガース 5-3 東京巨人軍(後楽園)
- 第4試合(12月2日)大阪タイガース 4-2 東京巨人軍(後楽園)
南海ホークス 編『南海ホークス四十年史』南海ホークス、1978年、54頁。