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日本の俳優、タレント (1946-) ウィキペディアから
西岡 德馬(にしおか とくま、1946年〈昭和21年〉10月5日[2][3] - )は、日本の俳優、声優、タレント。本名及び旧芸名:西岡 德美(にしおか のりよし)[2]。西岡 徳馬とも表記されるが、芸名、本名共に「徳」の字は旧字体(德[4])が正式表記である。身長175cm、体重65kg。
神奈川県[2][3]横浜市出身[5]。横浜市立大綱中学校、学校法人聖ミカエル学院を経て、玉川大学文学部芸術学科演劇専攻卒業[2][6]。文学座[7]、赤坂プロ[8]、グランパパプロダクション[2]を経て、アンシャンテ所属。
この節に雑多な内容が羅列されています。 |
2人兄弟の長男で、幼少期には子役として活躍した[6][9]。幼少時は喘息で体が弱く、体調が悪くなり演劇の仕事も一時活動休止した[6][9]。その後は中学に入り、器械体操部で体を鍛えることにより他の学生と喧嘩で負けなしだったが、本人から仕掛けることは一度もなかった。
法政大学第二高等学校の野球部に入部したが退部[9]。力を持て余し、毎日ケンカケンカで高校も退学した[6][9][10]。父親に「お前は芸能学校に入れ」と言われ東宝芸能学校に通う[6][9]。俳優になるきっかけを作ってくれた父に感謝していると語っている。幼少時は、その父親に車で箱根に何度も連れて行ってもらっていた。
その後、鎌倉の学校法人聖ミカエル学院に入り、玉川大学を卒業。大学卒業後の1970年に文学座に入団[5]。杉村春子に「(芝居が)上手くないわね」と言われながら育った[10]。10年在籍したが他の劇団の芝居もしてみたいという欲求から[6]、1979年文学座を退団[5][6][10]。芸名はそれまで本名の西岡徳美を使っていたが[10]、女性に間違われたり、"とくみ"と呼ばれることが多かったため[10]、退団を機に西岡"徳"馬にした[10]。しかし僧侶から「"徳"という字は『人は一心ことを為すのに十四年』という作りですから、一本、横棒を入れた方がいい」と言われて、もともと戸籍でも"德"を使っているため、西岡"德"馬にした[10]。その後はテレビ・映画でも活躍。『極道の妻たち』シリーズやヤクザ映画などでヤクザの幹部を多く演じたことから、コワモテ役の印象を与えている。
NHK大河ドラマ『武田信玄』と『風林火山』で役柄は異なるものの、同じ上杉家家臣役を演じている。
1991年、ドラマ『東京ラブストーリー』(フジテレビ系)で部長役を演じたが、原作では赤名リカ(鈴木保奈美)と不倫関係だった上司の役で「赤名リカと関係を持ちそうな部長、というイメージから西岡さんを選んだ」ということでキャスティングされたという[6][10]。しかし同ドラマは、どんどん視聴率が上がり、小学生まで観るようになったため、ヒロインが会社の部長と不倫して子供も作るのではなく、誰の子供かは明かさないというキャスティング当初とは違ったエンディングに変更された[10]。西岡の
1997年にはVシネマ『内閣特務捜査官 ORDER』で製作総指揮・企画・主演の一人三役を務める。続編では監督もこなした。
ウルトラシリーズに登場するウルトラの父は1972年の初登場以来長らく声優が固定されていなかったが、2006年放送の『ウルトラマンメビウス』以降の作品では西岡にほぼ固定されている(『ウルトラマンギンガ』と『ウルトラマンフェスティバル 2018』と『ウルトラギャラクシーファイト 大いなる陰謀』を除く)。
2012年秋に自身が主宰の俳優養成所「ドラマスクールレッドホースヒルズを開校。校長として、若手パフォーマーの育成に力を入れている。
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