トップQs
タイムライン
チャット
視点
1971年の阪神タイガース
ウィキペディアから
Remove ads
1971年の阪神タイガース(1971ねんのはんしんタイガース)では、1971年の阪神タイガースの動向をまとめる。
この年の阪神タイガースは、村山実選手兼任監督の2年目のシーズンである。
概要
「今年こそ優勝する」と意気込む村山監督だったが前年度の頭部死球からの復帰を目指した正捕手・田淵幸一が急性腎炎で開幕から出遅れ、さらにエース江夏豊は心臓病、兼任監督の村山は胸部疾患と、投打の主力が体調不良に陥ったチームは江夏のオールスター9連続奪三振以外明るい話題はなく、5月と7月に2度最下位に転落するなど苦戦を強いられ、前年負け越しカードなしだったのが一転、ヤクルトに10年ぶりに負け越しで、3年連続勝ち越していた中日に借金5を背負わされるなど、巨人の背中を追いかけることはできず、最後は2リーグ制分裂以降では最も低い5位でシーズンを終了。
投手陣では江夏、古沢憲司などがローテーションを守ったものの、2年目の上田次朗が前年の9勝から1勝しかできず、また、ルーキーの谷村智啓も中継ぎでの登板が多く、戦力にはならなかった。打線では藤田平が28本塁打を放つもの、続く打者が軒並み怪我や不調に陥った為にチームの得点数が、チームの安打数(5位)、本塁打数(3位)、四球数(4位)がそれぞれの部門の最下位の大洋に30点もの差をつけられるなど(333点)1970年以降では他球団含む1試合平均の得点が最低の2.56点を記録した。
Remove ads
チーム成績
レギュラーシーズン
1 | 左 | 藤井栄治 |
---|---|---|
2 | 二 | 安藤統男 |
3 | 遊 | 藤田平 |
4 | 一 | 遠井吾郎 |
5 | 右 | カークランド |
6 | 中 | 和田徹 |
7 | 三 | 後藤和昭 |
8 | 捕 | 辻恭彦 |
9 | 投 | 江夏豊 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 読売ジャイアンツ | 70 | 52 | 8 | .574 | 優勝 |
2位 | 中日ドラゴンズ | 65 | 60 | 5 | .520 | 6.5 |
3位 | 大洋ホエールズ | 61 | 59 | 10 | .5083 | 8.0 |
4位 | 広島東洋カープ | 63 | 61 | 6 | .5081 | 8.0 |
5位 | 阪神タイガース | 57 | 64 | 9 | .471 | 12.5 |
6位 | ヤクルトアトムズ | 52 | 72 | 6 | .419 | 19.0 |
Remove ads
入団・退団
シーズン開幕前
本節では、前シーズン終了から本シーズン開幕までの入退団について記述する。
シーズン開幕後
本節では、本シーズン開幕から本シーズン終了までの退団について記述する。
退団
オールスターゲーム1971
→詳細は「1971年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
選手・スタッフ
試合結果
※日付の後の(a)はダブルヘッダー第1試合(b)はダブルヘッダー第2試合
※セーブ制度は1974年から
Remove ads
個人成績
要約
視点
投手成績
※色付きは規定投球回数(130イニング)以上の選手
- 太字はリーグ最高。
- 完封合計は継投も含む
打撃成績
- 色付きは規定打席(403打席)以上の選手
- 太字 はリーグ最高
Remove ads
表彰
達成記録・出来事
ドラフト指名選手
→詳細は「1971年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
脚注
Wikiwand - on
Seamless Wikipedia browsing. On steroids.
Remove ads