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TK MUSIC CLAMP
日本の音楽トーク番組 (1995-1998) ウィキペディアから
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『TK MUSIC CLAMP』(ティーケー・ミュージック・クランプ)は、1995年(平成7年)4月13日から1998年(平成10年)4月2日まで、フジテレビが毎週木曜日の未明(水曜日深夜)に放送していた音楽トーク番組である。通称は「TKMC」。小室哲哉の冠番組で、タワーレコードの一社提供番組だった[注釈 1]。
概要
当番組スタートの半年前にスタートした音楽番組『HEY!HEY!HEY! MUSIC CHAMP』を補完するためにスタートした深夜番組である[1]。実際、過去にテレビの音楽番組出演経験の少ないアーティストが、『HEY!HEY!HEY!』出演に先立ち音楽番組に慣れる目的で当番組に出演するケースが多く見られた[1]。
放送時間
フジテレビでの開始当初(1995年4月 - 1996年4月)は毎週木曜日 0:50 - 1:20(水曜深夜、JST)の放送であった。1996年4月末からは放送開始時刻を10分繰り下げ、1:00 - 1:30 (JST)の放送となり、同年10月からは再び放送開始時刻を10分繰り下げ、その後は最終回まで1:10 - 1:40(JST)の放送であった。なお、番組編成の都合上、放送時間が多少変動することもあった。
番組成立の経緯
『HEY!HEY!HEY!』でブレイク前のJUDY AND MARYがゲスト出演した回で、番組プロデューサーのきくち伸が「ジュディマリはロリータパンクと言われている」と浜田雅功に伝え、トークでYUKIにその話を振ったら、真面目なYUKIが音楽論を延々話し始め、観客がドン引きした[2]。この光景を見たきくちは「『HEY!』では音楽の話をしてはいけない。音楽の話をしない音楽番組をやらせてもらっているからこそ、アーティストが音楽の話だけをする番組を作ろう」と考えた[2]。『HEY!HEY!HEY!』の第6回のゲストのメインは玉置浩二だったが[3]、構成を変更し、ゲストの一組だったMr.Childrenの登場を番組頭に持ってきたら民放のレギュラー音楽番組では10数年ぶりという視聴率20%超えを記録した[2][3]。この功績により、編成からきくちへ「深夜番組だが、タワーレコード一社提供の音楽番組を持たせてやる」と打診があった[3]。きくちの頭に浮かんだのが愛聴していた佐野元春の『サウンドストリート』(NHK-FM)、大瀧詠一の『ゴー・ゴー・ナイアガラ』(ラジオ関東/TBSラジオ)、『吉田拓郎のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)の3つのラジオ番組のテレビ版であった[2][3]。さっそく佐野と大瀧、吉田の順でオファーしたが、佐野と大瀧には断られ、吉田とは当時ツテがなかった[3]。それで遊び友達でもあった小室哲哉なら断らないだろうし、まあ小室でいいか、小室のMCが決まった[3]。
構成
番組の内容は、司会とゲストによる音楽に関するトークや企画などで構成[1]。合間にミュージック・ビデオなどを紹介。番組後半は、アイドル・女優・素人などが、小室ファミリーの楽曲を小室や久保こーじらの演奏で歌うコーナーが放送され、当時このコーナーで歌っていた人物の多くがその後各ジャンルで成功を収めた。
番組名の「TK」は初代司会者・小室哲哉のイニシャルに由来している。小室にとって初の冠番組・初の司会・初のレギュラーとなるテレビ番組であった。しかし、小室は本業のミュージシャン・音楽プロデューサーとしての活動が多忙になり、レギュラーの出演が困難になったため、放送50回目を迎えたタイミングで中居正広が番組の司会を受け継いだ[1]。中居は当番組を機に司会・進行の能力が評価され、その後1999年までの間に『中居くん温泉』(読売テレビ)、『うたばん』(TBS)、『中居正広のボクらはみんな生きている』(フジテレビ)、『サタ☆スマ』(フジテレビ)と、一気にメイン司会の番組を4番組獲得した。なお、小室は司会降板後もスーパーバイザーとして番組に携わり、度々出演していた。それゆえ、小室のイニシャルは番組タイトルにそのまま残された。放送100回目を迎えた1997年6月からは、中居に代わり華原朋美が3代目の司会に就任。華原のアーティストとしての凛々しく回転の速い部分をより前面に押し出し、10代・20代の女性を中心に幅広い層をターゲットにした音楽トークの展開を目指した[4]。
当番組における司会とゲストとのトークをまとめた書籍として、『With t 小室哲哉音楽対論』(幻冬舎・全5巻、文庫版は幻冬舎文庫より全4巻)と『SMAP MIND 中居正広音楽対談』(幻冬舎・全4巻)が発売されている。
当番組の終了後、コーナーの一つであった「FACTORY」が『FACTORY』のタイトルで独立した番組としてスタートした。
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エピソード
- 2018年1月3日放送の『ビートたけしの私が嫉妬したスゴい人』(フジテレビ)にて、当番組の吉田拓郎出演の回(第14回、1995年7月27日放送)が取り上げられる。小室が吉田の熱烈なファンでオファーを出したこと、しかし出演時に、吉田から辛辣な言葉を1時間にわたって浴びせられ続けたことがフィーチャーされた[5]。意気消沈していた小室だが、数年後に吉田と再会した際に無言でハグを求められたという。
- ブレイク前のウルフルズが出演した際(第20回、1995年9月7日放送)、カメラが回っていない時にトータス松本が「trfの『Overnight Sensation 〜時代はあなたに委ねてる〜』はすごく良い曲ですね」と言ったら、小室から「君たちにはディスコみたいな音楽合っていると思うよ」とアドバイスをもらった[6]。これを受けてウルフルズが製作したのが、代表曲の一つとなる「ガッツだぜ!!」である[6]。
- 1995年11月の1ヶ月間、小山田圭吾が当番組のパロディである「KO MUSIC CLAMP」をスペースシャワーTVで放送していた[7]。
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コーナー
要約
視点
CLAMP
- 司会とゲストが音楽を中心にトークを行う、当番組のメインコーナー。小室MC時代は、小室がゲストの印象や楽曲のイメージを語っていた。
- 「ミュージシャン・小室哲哉と音楽についてお互いのこだわりを話し合う」「どこにもないブッキングをする。基準は『大御所かどうか』ではなく、『旬かどうか』で決める」をテーマにしていた[8]。
FACTORY
- まだ売り出し中やデビューしてまだ間もない若手・新人ミュージシャンとのトークコーナー。このコーナーの聞き手は司会ではなく、小室MC時代は久保こーじとKEIKO(globe)が交互に担当し、中居MC時代にはムッシュかまやつと近田春夫が交互に担当した。華原MC時代には当コーナーに代わり「-T K-」が放送された。
- このコーナーには、JUDY AND MARY、ウルフルズ、シャ乱Q、エレファントカシマシ、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTなどが出演した。
-T K-
- 華原MC時代に始まった、小室哲哉による音楽談義のコーナー。小室MC時代および中居MC時代のコーナー「FACTORY」に相当する。アーティストとの対談を収録したVTRを数回に分けて放送した。
- このコーナーにはDJ KOOとSAM(TRF)、近田春夫、MCの華原が出演した。このうちDJ KOOとSAM、華原は海外での収録であった。
エンディング歌コーナー
- 小室MC時代および中居MC時代には、番組の最後に若手女優やアイドル、素人歌手などのゲストが歌唱するコーナーがあり、当番組のエンディングを兼ねていた。小室曰く、「『CDデビュー前のCMで段々話題になり始めている子』をピックアップし、音楽をやりたい子のために歌を披露してプロモーションする場を提供する。僕に対してでも、世間に対してでもいい」をコンセプトにしている[8]。コーナーの名称や内容は時期によって異なるため、以下に順番に記していく。
- 放送初期は「TK REPRODUCTS」と称して、小室と久保こーじの演奏をバックに、過去の小室作品を歌唱するコーナーであった。無名時代のともさかりえ[3]、浜崎あゆみ、広末涼子、鈴木紗理奈[3]、遠峯ありさ時代の華原[3]も当コーナーに出演し歌唱した。
- 第24回(1995年10月12日放送)よりリニューアルが行われ、コーナー名を「PRODUCTS」に改め、歌唱曲が番組オリジナル曲である「MOONLIGHT to DAYBREAK」に固定になった。演奏は小室に代わり、久保の率いるバンドであるNo! Galersが担当。リニューアル後最初に当コーナーで歌唱した仲間由紀恵は、後にこの曲で歌手デビューを果たした。仲間は小室MC時代の最終回である第50回(1996年5月9日放送)でも同曲を歌唱しており、この時は仲間の歌手デビューが決定していたこともあって、小室が演奏で参加している[9][10]。また、第31回(1995年11月30日放送)ではKEIKOが当コーナーで歌唱している。当時、KEIKOは既にglobeとしてデビューしていたが、本人の要望により当コーナーでの歌唱が実現した[11]。
- MCが中居に交代した第51回(1996年5月16日放送)からはコーナー名を「REPRODUCT」に改め、当コーナーではCLAMPに出演するゲストアーティストの代表曲を歌唱するようになった。演奏はWACK WACK RHYTHM BANDが担当し、第82回(1997年1月9日放送)からはJACK DIAMONDSに交代した。
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出演者
レギュラーメンバーのみ記載。各回のゲストについては「放送リスト」の項を参照のこと。
放送リスト
要約
視点
下記放映日はキー局(フジテレビ)における初回放送日である。
小室哲哉MC時代(第1回〜第50回)
中居正広MC時代(第51回〜第102回)
華原朋美MC時代(第103回〜第140回)
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スタッフ
要約
視点
当番組のスタッフクレジットは全て英語、及びローマ字で表記され、スタッフ名も愛称や渾名等が入り混じった。また華原MC時代はフジテレビのロゴも英字表記された。
- writer(構成):CHONMAGE LUCKY(津曲裕之)、NONAKA HAPPY?(野中浩之)・KIYOSHI TAMAI(玉井貴代志)
- art produce(美術プロデューサー):SHINICHIRO ISINABE(石鍋伸一朗)
- designer(デザイン):YUKIE KOSHINO(越野幸栄)
- vande(美術進行):YOSHIDA(吉田敬)
- set(大道具):NAGATOMI(永富育浩)
- acryl(アクリル装飾):KAINOSE(貝野瀬修)
- so-shock(装飾):KURIHARA→TSUBUYAKI
- den-shock(電飾):KISHI(岸和幸)
- effect(視覚効果):OGUMA(小熊雅樹)
- title(CGタイトル):DENPA CLUB(電波倶楽部)→YUKIYA MATSUMOTO(松本幸也)
- gacky(楽器):ISOMOTO(磯元洋一)
- stylist(スタイリスト):YOKO TANAKA→TSUYOSHI NOGUCHI
- hair+make up(ヘア・メイク):MOTOO YOSHIMURA、KAZUHIRO SUGIMOTO、YOKO OKIYAMA(興山洋子)→YOSHIAKI ABURAYA
- technical director(テクニカルディレクター):馬場直幸
- sw(スイッチャー):SASAKI(佐々木信一)→KANNO(菅野恒雄)
- cam(カメラ):SEKI(関克哉)→YONE(米山和孝)
- aud(音声):SENDA(仙田俊一)
- ve(ビデオエンジニア):YAZAWA(矢沢英幸)
- ld(照明):SHIBUICHI(四分一浩)→UEMATSU(植松晃一)
- vari-lite(バリライト):KOBAYASHI
- pa(パブリックアドレス):HIMENO(姫野義和)
- edit(編集):MIYOTA(御代田祥一/パッチワーク)
- se(音響効果):NAKATA(中田圭三/4-Legs)→KAWABATA(川端智之)(4-Legs)
- mix(MA):GUNJI(郡司佐茂亜/4-Legs)
- technical support(技術協力):KYODO Television(共同テレビ)、HAPPO TV(八峯テレビ)、NS
- webmaster:GIOTONG
- webstaff:YO!、NAO
- room:HIRO
- adviser(アドバイザリースタッフ):T.HARA(原知行/オフィス源)
- supervisor(スーパーバイザー):SHINGO INOUE(井上信悟/フジテレビ、番組初期)
- floor director(フロアディレクター):GOTZ&POCCA(平野雄大)
- time-keeper(タイムキーパー):YUKI(石原由季)
- director(ディレクター):GOTZ(後藤優)
- desk(制作デスク):TOMMY(富張明子)
- program director(演出):KIKCHY(きくち伸)、KINO(城野智則)、TOM(冨田哲朗)
- producer(プロデューサー):KIKCHY(きくち伸)
- 制作:フジテレビ第二制作部
- produced by(制作著作):fuji television(フジテレビ)
ネット局
放送終了時点。フジテレビとの同時ネット局は高知さんさんテレビのみで、それ以外の局は番組購入による放送。
過去のネット局
特記なき限りフジテレビ系列局。
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脚注
関連項目
外部リンク
Wikiwand - on
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