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1974年の阪神タイガース
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1974年の阪神タイガース(1974ねんのはんしんタイガース)では、1974年の阪神タイガースの動向をまとめる。
この年の阪神タイガースは、2回目の金田正泰監督体制の3年目(監督代行、途中退任の年を含め、通算5年目)のシーズンである。
概要
前年度2位に終わったチームは打線の強化を図り、中日を自由契約になったボビー・テーラーを獲得。チームは不動の4番に成長した田淵幸一やテーラー、投手陣では勝ち星を重ねた古沢や山本和などの活躍もあり、7月までは首位に立つなど絶好調で、このまま順調にいけば優勝と思われた。しかし、8月に死のロードに6連敗を含む3勝12敗1分と崩れ、9月に上旬に7連敗、9月下旬から10月にかけて8連敗(1分含む)と大きく負け越し、下位チームに1つ勝つのがやっとで、最後は前半戦最下位のヤクルトにまで抜かれて4位に転落しシーズンを終えた。主力選手との確執が激化したこともあり、金田監督は同年限りで退任。また、この年からユニフォームにホーム用・ビジター用ともに黄色のラインが入るデザインに変更。帽子も黒にツバが黄色のデザインに変更される[2]。
チーム成績
レギュラーシーズン
1 | 右 | テーラー |
---|---|---|
2 | 左 | 望月充 |
3 | 遊 | 藤田平 |
4 | 捕 | 田淵幸一 |
5 | 一 | 遠井吾郎 |
6 | 中 | 池田純一 |
7 | 三 | 後藤和昭 |
8 | 二 | 野田征稔 |
9 | 投 | 江夏豊 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 中日ドラゴンズ | 70 | 49 | 11 | .588 | 優勝 |
2位 | 読売ジャイアンツ | 71 | 50 | 9 | .587 | 0.0 |
3位 | ヤクルトスワローズ | 60 | 63 | 7 | .488 | 12.0 |
4位 | 阪神タイガース | 57 | 64 | 9 | .471 | 14.0 |
5位 | 大洋ホエールズ | 55 | 69 | 6 | .444 | 17.5 |
6位 | 広島東洋カープ | 54 | 72 | 4 | .429 | 19.5 |
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オールスターゲーム1974
→詳細は「1974年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
入団・退団
シーズン開幕前
本節では、前シーズン終了から本シーズン開幕までの入退団について記述する。
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選手・スタッフ
試合結果
要約
視点
※日付の後の(a)はダブルヘッダー第1試合(b)はダブルヘッダー第2試合
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個人成績
要約
視点
投手成績
※色付きは規定投球回数(130イニング)以上の選手
- 太字はリーグ最高。
打撃成績
- 色付きは規定打席(403打席)以上の選手
- 太字 はリーグ最高
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表彰
達成記録・出来事
- 1月19日 - 藤井栄治と太平洋の阿部良男のトレードが成立したと正式に発表[3]
- 4月10日 - 江夏豊が広島2回戦(広島市民)で2点リードの7回から3イニング無失点に抑え、本年度から制度されたセーブの球団1号&セ・リーグ1号となった
- 4月11日 - 広島3回戦(広島市民)が開催予定だったが鉄道のストライキのため中止となった
- 4月20日 - 大洋3回戦(川崎)で1回に竹内広明から一枝修平―藤田平―田淵幸一が1962年7月17日の広島15回戦(広島市民)以来の3者連続本塁打、球団史上3度目
- 4月22日 - 大洋4回戦(川崎)で投手陣が8被本塁打を喫する、8被本塁打は史上2位タイで史上6度目で松原誠には3本塁打打たれる、1人の打者に1試合3本塁打以上打たれるのは1969年10月15日の中日24回戦(中日)で木俣達彦に打たれて以来
- 6月13日 - 江夏豊が広島11回戦(甲子園)の7回に深沢修一から三振を奪い通算2000奪三振[4]
- 6月15日 - 田淵幸一がヤクルト9回戦(神宮)の9回に浅野啓司から本塁打を放ち通算150号[5]
- 6月22日 - 一枝修平が巨人12回戦(甲子園)に先発出場し通算1000試合出場[6]
- 9月2日 - 広島23回戦(甲子園)で勝利し甲子園球場で9連勝(2分を含む)、1952年の本拠地制施行以降の本拠地の連勝記録の球団タイ記録
- 10月14日 - 金田正泰監督と球団代表の戸沢一隆が辞任し、後任の球団代表に球団常務取締役の長田陸夫が就任すると発表[7]
- 10月25日 - 吉田義男が監督に就任したと正式に発表。併せてオーナーの野田誠三が辞任し後任に本社社長の野田忠二郎が就任したと発表[8]
- 10月26日 - 辻恭彦と大洋の辻佳紀の交換トレードが成立したと両球団が正式に発表[9]
- 11月21日 - 鈴木皖武・小川清一・上辻修・平山英雄・森山正義とロッテの池辺巌・井上圭一の5対2のトレードが成立したと両球団が発表[10]
ドラフト指名選手
→詳細は「1974年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
脚注
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