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1994年の阪神タイガース
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1994年の阪神タイガース(1994ねんのはんしんタイガース)では、1994年の阪神タイガースにおける動向をまとめる。
1994年の阪神タイガースは、中村勝広監督の5年目のシーズンである。
概要
投手陣は藪恵市がチームトップの9勝を挙げ新人王を獲得し、トレードでオリックスから来た古溝克之が7勝18セーブと活躍した。打線は3割打者のトーマス・オマリーに加え和田豊が首位打者に肉薄する活躍を見せるが、メジャーで8年連続20本塁打で通算220本塁打の鳴り物入りで入団した新外国人のロブ・ディアーは日本野球にフィットせずで8月に帰国、オリックスからFA移籍した石嶺和彦も前年より成績を落とし、チームは4月を6勝12敗と出遅れたものの5月以降に立て直し、7月から8月にかけ8カード連続勝ち越しなどして、首位を走っていた巨人が急降下したこともあり、9月14日終了時で3.5ゲーム差の3位にいたが、その後残り12試合で7連敗を含む2勝10敗で順位を下げ、優勝はおろかAクラスも逃し2年連続の4位(ヤクルトと同率タイ)で終わった。オフに4年連続で打率3割を達成したオマリーが長打力不足などを理由に放出、ヤクルトへ移籍した。
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チーム成績
レギュラーシーズン
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | 読売ジャイアンツ | 70 | 60 | 0 | .538 | 優勝 |
2位 | 中日ドラゴンズ | 69 | 61 | 0 | .531 | 1.0 |
3位 | 広島東洋カープ | 66 | 64 | 0 | .508 | 4.0 |
4位 | ヤクルトスワローズ | 62 | 68 | 0 | .477 | 8.0 |
4位 | 阪神タイガース | 62 | 68 | 0 | .477 | 8.0 |
6位 | 横浜ベイスターズ | 61 | 69 | 0 | .469 | 9.0 |
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1994 サンヨー オールスターゲーム
→詳細は「1994年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
- 太字はファン投票で選ばれた選手。取り消し線の選手は出場辞退した選手。
入団・退団
本節では、前シーズン終了から本シーズン開幕までの入退団について記述する。
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選手・スタッフ
試合結果
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個人成績
投手成績
- 色付きは規定投球回数(130イニング)以上の選手
- 太字はリーグ最高。
打撃成績
- 色付きは規定打席(403打席)以上の選手
- 太字はリーグ最高。
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表彰
達成記録・出来事
- 4月19日 - 広島1回戦(岡山)で球団通算7000試合、史上2球団目(3573勝3187敗240分)
- 4月27日 - 八木裕がヤクルト4回戦(甲子園)で6回に西村龍次から本塁打を放ち通算100本塁打 、史上176人目
- 5月1日 - 中村勝広監督が巨人6回戦(甲子園)で8回に槙原寛己の投じた球がバットを振りにいった久慈照嘉の体にあたり一度死球を宣告したが、すぐ撤回した審判に抗議の最中に暴言を吐き退場処分(翌日、厳重戒告と制裁金5万円)
- 5月10日 - ロブ・ディアーが中日3回戦(ナゴヤ)で8回に野中徹博から本塁打を放ち2リーグ分立以降の球団通算5000号、史上6球団目
- 5月13日 - 新庄剛志がヤクルト6回戦(甲子園)で5-5の12回二死満塁で高津臣吾から本塁打を放ちサヨナラ満塁本塁打を記録、史上47人目(49度目)
- 5月20日 - ロブ・ディアーが中日5回戦(ナゴヤ)で7回に郭源治から頭部に死球を受け、当てた郭源治は危険球退場で5月13日にセ・リーグのアグリーメントに危険球退場処分が追加されてから危険球退場の第1号となった
- 5月24日 - 薮恵市が巨人7回戦(甲子園)でプロ入り巨人戦初登板完封勝利を挙げる、巨人戦初登板勝利は球団史上4人目で完封勝利は球団史上初
- 5月25日 - 和田豊が巨人8回戦(甲子園)で3回に香田勲男から本塁打を放ち、1990年10月3日のヤクルト26回戦(神宮)で川村一明からランニング本塁打を放って以来1930打席ぶりの本塁打
- 6月5日 - トーマス・オマリーが中日10回戦(甲子園)で1回に佐藤秀樹がカウント2-2から投げた球を空振りと判定し三振と宣告した橘高淳球審に暴言を吐き退場処分(翌々日、厳重戒告と制裁金10万円)
- 6月9日 - 石嶺和彦が広島11回戦(岡山)で4回に佐々岡真司から本塁打を放ち通算250本塁打、史上34人目
- 6月9日 - 広島11回戦(岡山)が開催されたが、この試合が岡山県野球場での最後の日本プロ野球一軍公式戦となる(球団通算67試合29勝35敗3分)
- 6月11日 - 横浜10回戦(札幌)で勝利し、1976年8月18日のヤクルト20回戦で勝利を挙げて以来16連敗(2分け含む)していた札幌円山球場の連敗を止める
- 6月24日 - 故障で登板ができない麦倉洋一を任意引退選手として、大石昌義打撃投手を支配下選手登録したことを発表
- 7月28日 - 和田豊が巨人17回戦(甲子園)で6回に宮本和知から安打を放ち通算1000安打、史上178人目
- 7月31日 - 真弓明信が横浜18回戦(甲子園)で4回に代打で出場し通算2000試合、史上28人目
- 7月31日 - 横浜18回戦(甲子園)が開催され、阪神甲子園球場での通算3000試合となった(球団通算1608勝1300敗92分)
- 10月4日 - 和田豊が横浜26回戦(横浜)で先発出場し通算1000試合、史上323人目
- 10月1日 - 平田勝男が今シーズン限りの引退を表明
- 10月17日 - トーマス・オマリーとロブ・ディアーの解雇通告を発表
- 10月29日 - 薮恵市が登録名を「薮恵壹」に変えることを発表
- 10月30日 - 萩原誠斗が「萩原誠」に、安達智次郎が「安達克哉」に登録名を変えることを発表
- 11月11日 - 新外国人選手のグレン・デービスと契約の締結を発表
- 11月15日 - 新外国人選手のスコット・クールボーと契約の締結を発表
- 12月3日 - オリックスからFA宣言した山沖之彦の入団を発表[2]
ドラフト指名選手
→詳細は「1994年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
- 網掛けの選手は逆指名による入団
- 退団年は阪神を選手として最初に退団した年、最終年はNPBに選手として所属した最終年を示す
出典
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