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柏原芳恵

日本の女性歌手、女優、タレント (1965-) ウィキペディアから

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柏原 芳恵(かしわばら よしえ、1965年昭和40年)10月1日[1][2][3] - )は、日本の女性歌手アイドル女優タレント。Office YOSHIE、フリーボード所属[4]。主な代表曲には「ハロー・グッバイ[5][6]、「春なのに[7]、「最愛[8][9]などがある[注 1][10]

概要 かしわばら よしえ 柏原 芳恵, 本名 ...
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経歴

要約
視点

大阪府大阪市出身[11]堀越高等学校を卒業した。

1979年(昭和54年)秋に日本テレビ系「スター誕生!」で清水由貴子の「お元気ですか」を歌って合格した。その後、グランドチャンピオン(最優秀賞)となる。

1980年(昭和55年)6月1日に、柏原よしえ名義でシングル「No.1」を発売しフィリップス・レコードからアイドル歌手としてデビューした。キャッチフレーズは「ちょっと大物、夏ひとりじめ。よしえはNo.1。」であった。デビュー当時の所属事務所はゴールデンミュージックプロモーションであった。

1981年(昭和56年)10月15日の発売の7枚目のシングル「ハロー・グッバイ」(讃岐裕子カバー曲)が約40万枚を売上げてブレイクを果たし、この曲が柏原をトップアイドルへと押し上げ、同年末の「第23回日本レコード大賞ゴールデン・アイドル賞を獲得した。

1982年(昭和57年)10月1日、シングル「花梨」の発売と同時に名前のかな表記を改め、本名と同じ柏原芳恵に改名した。

1983年(昭和58年)「春なのに」(TBSテレビ系「ザ・ベストテン」で最高2位[12][13]まで上昇)、1984年(昭和59年)「最愛」など、シンガーソングライター中島みゆき作詞・作曲作品を中心に[14][15]、1981年(昭和56年)から1986年(昭和61年)の間にオリコンチャートトップ10入りしたシングル曲は18作品[16]。日本テレビ系「ザ・トップテン[17]では19曲がトップ10内にランキングされた。

NHK紅白歌合戦」(NHK総合ラジオ第1)には2度出場し、「日本レコード大賞」(TBSテレビラジオ)には1981年(昭和56年)から1987年(昭和62年)まで7年連続で選出された(1985年(昭和60年)から1987年(昭和62年)の3年間は、最優秀歌唱賞部門にノミネートされた)。

1980年代後期は歌手としての活動よりも女優としての活動が多くなり、2時間ドラマに多数主演の他、映画にも出演している。また、グラマラスな肢体を魅せるグラビアアイドルの活動も目立つようになる。

1989年(昭和64年/平成元年)にデビュー以来所属していたゴールデンミュージックプロモーションからバーニング系列・T&C ミュージックから独立したソーマオフィスに移籍し、1992年(平成4年)に独立する。1990年代前半にはテレビ以外の仕事に重点を置き、ビデオ映画主演の他、写真集を出版した。以降、歌手の仕事を中心に、ミュージカルや舞台で活動する。ライブやディナーショーなどの歌手活動の他に、ラジオパーソナリティとしても活動し、自らが創作したオブジェの個展『魅完成展』なども開催している[18]

2004年(平成16年)10月よりラジオ番組「柏原芳恵のJumpin' Music」の放送を開始した[19]

2005年(平成17年)にデビュー25周年を迎えた。アルバム「あなただけ・・・・」・『25th Anniversary Complete Album Collection』・『CD & DVD THE BEST』・『柏原芳恵プレミアムBOX』、DVD『Yoshie Memorial』の他、セルフポートによる写真集『Zutto×2』を発表した。

2006年(平成18年)5月24日に、16年半ぶりとなるシングル『MaMa』を発売した。

2007年(平成19年)1月11日に、男性ボーカリストの名曲カバーアルバム「encore」を発売した。

2008年(平成20年)1月9日に、35枚目となるシングル『くちづけに願いを』を発売した。 7+ 2010年(平成22年)3月5日、NHK総合「金曜バラエティー」にゲスト出演した。「いつまでもアイドル気分で!」の題目で、麻丘めぐみ石川ひとみらと登場した。アイドル時代のヒット曲「ハロー・グッバイ」「恋人たちのキャフェテラス」を歌唱した。

2010年(平成22年)3月24日には、28枚のアナログシングル盤をCD化した紙ジャケット仕様と、テレビ歌唱映像から5曲を収録したDVDを合わせたBOXセット『デビュー30周年記念シングル・コレクション』を発売した[20]。そのBOXセット・リリースから3週間を経て、4月14日に、着うた、着うたフル、PCにて一斉デジタル配信開始となった[21]

2010年(平成22年)5月26日に、男性ボーカリストの名曲カバーアルバムの第2弾「encore2」を発売した。

2016年(平成28年)4月27日に、男性ボーカリストの名曲カバーアルバムの第3弾『encore3』を発売した。

2018年(平成30年)4月25日に、自らが作詞を手掛けたミニアルバム『芳恵 詩集(うたしゅう)』発売した。

2018年(平成28年)8月29日と9月26日の2か月連続で、1980年代に発表したオリジナル・スタジオ・アルバム全18枚を、初SHM-CD/紙ジャケット化した[22]

2020年(令和2年)6月1日、40周年記念ニュー・シングル「KU・ZU 〜ワタシの彼〜」を発売した[23][24][25]

2020年(令和2年)7月4日、『倉庫 de ライヴ』をYouTube生配信した。

2020年(令和2年)7月24日に『柏原芳恵40周年コンサート 〜A・RU・KU〜』を開催予定であったが[26]新型コロナウイルスの感染拡大状況を踏まえ、10月17日に延期した上で開催した。また、YouTubeにアップされたコンサートのダイジェスト映像が再生数を上げ注目を集め、日本文化を海外に発信する経済産業省の事業「J-Lod Live」の対象となり、2020年12月31日から2021年(令和3年)1月10日までの期間限定で全世界に有料配信される運びとなった[27][28][29]

2022年(令和4年)11月2日に、3枚組のDVD『柏原芳恵 NHK プレミアムコレクション』を発売した[30][31][32][33]

2022年(令和4年)11月4日に、ハイブリッドコンサート『柏原芳恵Live2022 〜A・RU・KU 第二章〜』を開催した[34][35][36][37]

2023年(令和5年)1月7日より「柏原芳恵の喫茶☆歌謡界」(J:COMテレビ)を放送開始した[19][38][39][40][41][42][43][44][45][46][47][48][49]。番組発のコンサートイベント『柏原芳恵 未来へ”A・RU・KU” コンサート2023〜柏原芳恵の喫茶☆歌謡界〜』も開催している[50][51][52]

2023年(令和5年)11月4日に、柏原芳恵「A・RU・KU」シリーズ第3弾コンサートを日本橋三井ホールで開催した[53][54][55]。11月18日から11月24日までの間、コンサートの模様がアーカイブ配信された[56]

2024年(令和6年)11月16日に、柏原芳恵「A・RU・KU」シリーズ第4弾コンサートを日本橋三井ホールで開催した[57][58][59]

2025年(令和7年)にデビュー45周年を迎え、東京・大阪・名古屋・横浜で「柏原芳恵 45th anniversary Concert Tour 2025」を開催し、5月にDVD『Yoshie Memorial(限定版)』[60]、6月に初のオールタイム・ベスト盤『~ 45th Anniversary ~ YOSHIE SELECTION ALL TIME BEST』を発売した。

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家族

  • 会社員の父と専業主婦の母、兄、母方の祖父の5人家族で、一軒家で育つ。
  • 幼い頃から、両親に目上の人に対する言葉遣いや挨拶を徹底して教えられた。一家の中で一番年下だった本人は、家族にも敬語で会話していた。後年本人は、「当時はもっと甘えたいなと思っていたが、今となっては“礼儀作法や人を敬う気持ち”という一生の宝を授けてくれた両親に感謝しています」と語っている[11]
  • 少女時代はピアノ、書道、学習塾、そろばんの教室に通っていた[61]
  • 芸能界入り後の時間に余裕ができてから、両親とよく国内外問わず旅行に行くようになった[11]
  • 20歳になったばかりの頃に2億円の豪邸を建設中と当時の歌番組や週刊誌で紹介されたが[62]、それから7年後の1992年にも都内世田谷区に約4億6千万円で一軒家を購入し、柏原の個人事務所兼自宅としてスタッフと共に暮らしている[63]

「スター誕生!」

  • 小学6年生の頃に数人の友達と一緒に、人気オーディション番組「スター誕生!」(日本テレビ)に応募[11]。この年は音沙汰はなかったが、中学2年生の頃になって「読売テレビのスタジオで1次審査があります」との案内が届く。6年生の時は、単に「芸能界ってどんな世界だろう、テレビ局のスタジオとか一度見てみたい」と興味本位での応募だった。このため2年後に通知が来た時は、本人は「応募したことすら忘れていました」と回想している。母に相談すると、「どうせ落ちるんやから、行ってきたら?」と言われ、軽い気持ちで参加する[11]
  • デビュー前から「スタ誕」出身の先輩である岩崎宏美の曲が好きで、よく聴いていたこともあり、スタ誕の予選で柏原自身が選んだ曲は岩崎の「あざやかな場面」であった[11]。しかし、予選会のピアノ伴奏者・横森良造から「決戦大会で君が合格するには、この歌は難しすぎるよ」とアドバイスされた[11]。横森から代わりに清水由貴子の「お元気ですか」を薦められたため、決戦大会では同曲に変更して審査に臨んだ[11]
  • 決戦大会での歌唱後、審査員の都倉俊一からは「掘り出したばかりの人参みたいだね」、阿久悠からは「何もないけど、大物かもしれない」と評された[11]。合格後は歌やダンスのレッスンを受けるため週1回東京まで通い、中学3年生になる直前の春休みに単身で本格的に上京した[11]

エピソード

  • デビュー曲「No.1」のレコードジャケットの写真はノーメイクで、篠山紀信に撮影してもらった[11]
  • デビューから数年間は寝る暇もないくらい忙しく[64]、19歳で初めて休暇をもらった時は休日の過ごし方が分からず、マネージャーに「お休みの日ってみんな何してるの?」と聞いたほどだった[11]
  • 柏原と同じ1980年度デビューのアイドル歌手には、松田聖子田原俊彦岩崎良美河合奈保子などが居る[65][66]
  • 柏原は14歳(中学3年生時)でデビューしたこともあって、芸能界入り間もない頃は、異学年の年上のアイドル達に自分から話し掛けることが出来なかったという。それでも「同じ大阪市出身の(河合)奈保子ちゃんとはデビュー当時から仲良しだった[67][68][69]。(岩崎)良美ちゃんはいつも声を掛けてくれて非常に嬉しかった[70]」と述べている。また、4歳差の良美とは今もお互いの誕生日を祝い合うメル友とのこと[71]
  • 高校時代の同級生である比企理恵は親友で、公私共に交流が続いており、柏原の主演ドラマ土曜ワイド劇場「瀬戸内海 深夜航路の女」(1990年5月12日)[72]や「中居正広の金曜日のスマイルたちへ」(2017年12月15日)で共演を果たしている[73][74]
  • 歌手デビューが同期で、現在は政治家の三原じゅん子とも、柏原の主演ドラマ土曜ワイド劇場「京都 天の橋立殺人事件」(1992年1月25日)[75]や「ウィーケストリンク☆一人勝ちの法則」(2002年9月2日放送回・柏原が優勝)などで共演を果たしている。
  • 第102・103代内閣総理大臣石破茂は、政界屈指のアイドル通を自認しており、柏原の名前をお気に入りの1人として挙げている[76][77][78][79]。2014年8月8日の朝日新聞4面でも、夏になると柏原の「夏模様」をカラオケで歌う[80][81]と記載されていた。
  • 松山千春からは、1983年9月21日発売の「タイニー・メモリー」(後に松山自身もセルフカバー)を書き下ろしで提供してもらっている[82]。なお松山が女性歌手へ曲を書き下ろしたのは、1977年8月のピコ「あなたと私のレッセッセ」、1980年2月の伊東ゆかり「もう1度」以来である。1983年11月23日に発売されたアルバム「TINY MEMORY」で、柏原は全10曲松山の唄をカバーしている[83]
  • 1984年2月29日に発売した柏原の「ト・レ・モ・ロ」の編曲を担当した船山基紀は、この曲が当時最新鋭のデジタルシンセサイザーであったフェアライトCMIを初めて制作に導入した自身の編曲家人生で記念碑的な作品であったと語っている[84]
  • 1984年10月1日に趣味で描きためていた絵をまとめた、絵本『夢だいて』(白泉社)を上梓した。
  • 1985年に香港でコンサートを開催しており、現在(2022年)も香港へ行くと、ファンたちから「フォンワイ(芳恵)」と声をかけられている[11]
  • ビビアン・チョウ(周慧敏)が、1993年9月発売のアルバム「最愛」(広東語版)と12月発売のアルバム「心事重重」(北京語版)に柏原の「最愛」を収録した。広東語版の曲名は『最愛』、北京語版は『愛我所愛』。1985年にオーディションで同曲を歌唱しデビューのきっかけを作ったというビビアンにとって思い入れの深い曲である。2011年3月19日と20日に香港コロシアムで開かれたビビアンのデビュー25周年記念コンサートで彼女が憧れていたという柏原との共演を果たしている[85][86]
  • 今上天皇は、「柏原芳恵のファン」と発言し[87][88]、1986年(昭和61年)10月19日に行われたリサイタル『おんな飛翔』を鑑賞した[89][90][91]。本人は「私のファンと聞いて『なんて光栄なのだろう』と思いましたが、スタッフから「浩宮様がリサイタルに来られる」との話を聞いた時はさすがに『まさか!』と耳を疑いました」と回想している[11]。会場で直接親王を出迎えた際は緊張で頭が真っ白になったというが、親王からは「本日はありがとう」と声をかけられた[11]。その際、柏原にローズピンクのバラ「プリンセスサヤコ」が一輪贈呈された[92][93][94]。柏原は返礼としてサイン入り写真集を贈った[95]。バラは後日、特殊な処理(プリザーブド加工)を施された上で真空状態のガラスケースに収められ、今(2022年)も大切に保管されている[11]
  • 落語家の立川志らくは、2019年2月24日放送の「報道プライムサンデー」で、皇太子徳仁(今上天皇)が柏原のコンサートを訪れたニュースについて、「自分は柏原芳恵さんのファンクラブに入っていたので、当時は誇らしかった」と語った[96][97][98][99][100]。後に『演芸図鑑』で対談している。
  • 柏原と同年齢の落語家の立川談慶は、中学3年生時からの柏原の大ファンだと言い、2010年12月19日に自らが館長を務める長野県佐久市のコスモホールで柏原を招いてのコンサートを開催した[101]
  • ホンジャマカ石塚英彦は、柏原芳恵の大ファンであることを公言している[102][103][104]
  • 漫画家でタレントの山咲トオルは、柏原のデビュー当時からのファンだと言い、大好きなアイドルの1人として柏原の名前を挙げている[105][106][107]
  • ラッシャー板前は、柏原の親衛隊[108]だった。
  • シンガーソングライター音楽プロデューサーでもある冴沢鐘己は、柏原の歌唱力を高く評価しており、「初めて好きになったアイドルは柏原芳恵」と公言している[109]
  • グラビア活動をしていたバブル期には、1年間でパスポートがスタンプでいっぱいになるほど数々の国を訪れた[11]
  • 柏原は、ザ・ベストテンで司会を務めていた黒柳徹子から「ベストテンでお会いしていた頃から美人系でお綺麗だったのでジーナ・ロロブリジーダみたいだねと久米宏とも話しながら見ていた」と言及された[110]。また、夜のヒットスタジオで司会を務めていた芳村真理からは「芳恵ちゃんって日本人っぽくないのよね。外国の女の子って言っても判らない部分がある。色も白いし可愛いわ」と言及された[111]
  • ドラマ「野々村病院物語II」や「ピンキーパンチ大逆転」で共演した山田邦子とは、長きに亘る交流があり、柏原は山田が団長を務めるスター混声合唱団のメンバーにもなっている[112][113]。また、山田がMCを務めた「山田邦子のしあわせにしてよ」に柏原は数度に及びゲスト出演している。友人同士で出掛ける旅番組「土曜スペシャル○○円以下の宿シリーズ」(2010年8月28日)では柏原は山田と二人旅をした[114]。そして2018年4月26日放送の「昭和歌謡ベストテン」で[115]柏原は山田と二人でやまだかつてないWinkの「さよならだけどさよならじゃない」を歌唱披露した。山田は自身のYouTubeチャンネルなどでも「柏原芳恵ちゃんとは今でも仲良いです」「芳恵ちゃんは現在でもナイスバディで、もの凄く綺麗で、歌も丁寧に歌い続けており、大好きです」と述べている[116]
  • 先輩歌手の小林幸子からは、妹のように可愛がられており、柏原も小林を姉のように慕っている[117][118]
  • 前述の通りNHK紅白歌合戦に2度出場しているが、実績に比べ出場回数が少ないという声はよく聞かれる。合田道人の著書『怪物番組 紅白歌合戦の真実』(幻冬舎、2004.11)によれば、当時は出場者発表日に「ご意見を伺う会」という最終審議の場があり、柏原は1982年、1984年、1986年などの不出場だった年でも最終までは名前が残っていたと記述されている[119]
  • NHK連続テレビ小説あまちゃん」の劇中では、柏原の楽曲「ハロー・グッバイ」と、この曲のレコードジャケットが使用された[120]
  • NHK連続テレビ小説「半分、青い。」(2018年5月4日放送回)で、ヒロインの親友が柏原の楽曲「春なのに」を熱唱するシーンが放送され、話題になった[121]
  • TBSテレビアナウンサーの安住紳一郎は、柏原の「春なのに」を好きな曲として挙げている[122][123][124]
  • 韓国での空前のJ-POPブームにより、柏原の楽曲も韓国の老若男女に口ずさまれている[125]
  • 現在の趣味は、料理研究、粘土細工、映画鑑賞、カメラスキューバダイビングである[19]
  • 車好きで過去にフェラーリ360スパイダーなど様々な車に乗っていたが、現在(2024年時点)所有している車種はメルセデス・ベンツGLCである[126][127]
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シングル

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映像作品

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PV集

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イメージビデオ

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写真集

  • 近代映画増刊 柏原よしえ特集号 YOSHIE SPECIAL よしえの16歳これ一冊に(1981年12月、近代映画社)
  • 映画ファン臨時増刊 柏原よしえ写真集 '82新春 PART2(1981年12月31日、愛宕書房、撮影:野村誠一
  • 柏原よしえ写真集 PART3 (映画ファン臨時増刊)(1982年7月29日、愛宕書房、撮影:小杉博)
  • 柏原芳恵 デビュー3周年記念写真集 YOSHIE SUPER MAGAZINE (デラックス映画ファン特別編集)(1983年7月31日、愛宕書房、撮影:小杉博)
  • 柏原芳恵 眩しさの、17歳。(1983年9月、愛宕書房、撮影:河合肇)
  • 「柏原芳恵写真集 YOSHIE」別冊スコラ33(1986年10月、スコラ、撮影:横木安良夫
  • 柏原芳恵 デビュー10周年記念写真集(1989年8月1日、近代映画社、撮影:T.ENDO)
  • 柏原芳恵写真集 (BIG MAN SERIES)(1990年1月1日、ビックマン、撮影:大森雄作)
  • Sensation―柏原芳恵写真集(1990年8月1日、スコラ、撮影:大森雄作)
  • 柏原芳恵写真集 燃えてふたたび(1990年11月、大陸書房、撮影:大森雄作)
  • 風と遊んでいる。―柏原芳恵写真集 (BIC MAN SERIES) (1991年5月1日、ビックマン、撮影:大森雄作)
  • 危険な香り「眩惑のアフロディーテ」―柏原芳恵写真集(1991年5月1日、大陸書房、撮影:大森雄作)
  • 柏原芳恵写真集 恋愛遊戯(1991年11月7日、大陸書房、撮影:大森雄作)
  • Sacrifice―柏原芳恵写真集(1992年7月1日、大陸書房、撮影:佐藤健
  • 柏原芳恵写真集 時の愛撫 (1995年10月1日、竹書房、撮影:佐藤健)
  • Session―柏原芳恵写真集(1998年9月1日、バウハウス、撮影:佐藤健)
  • プレミアム:柏原芳恵写真集(1998年9月1日、つがる出版)
  • Keneke 撮影『柏原芳恵二十周年記念写真集 : 艶dless』バウハウス、2000年1月31日。
  • 柏原芳恵 写真集 「memory of fantasy」/熱写・西暦2000年突破記念(2000年、有楽町出版、撮影:山岸伸
  • Face(2002年4月1日、バウハウス、撮影:佐藤健)
  • 101% 柏原芳恵写真集(2003年9月22日、音楽専科社、撮影:柏原芳恵)
  • Zutto×2―柏原芳恵写真集(2005年7月1日、リイド社、撮影:芳恵)
  • 柏原芳恵写真集 Buono! (艶写文庫)(2012年11月26日、竹書房、撮影:佐藤健)
  • YOSHIE MODE(2017年7月21日、徳間書店、撮影:佐藤健)ISBN 978-4198644406
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出演

NHK紅白歌合戦出場歴

さらに見る 年度/放送回, 回 ...
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

CM

連続ドラマ

単発ドラマ

  • 新春ワイド時代劇テレビ東京
  • ザ・サスペンスTBSテレビ
    • 遠きに目ありて -未亡人殺人事件-(1982年5月8日) - 真名部警部の妹 役
  • テレビ東京開局20年記念特別企画 走れ青春42.195キロ 涙と汗のマラソン野郎(1984年4月11日、テレビ東京)[155]
  • 月曜ドラマランドフジテレビ
  • 日立テレビシティ(TBSテレビ)
    • 昭和ラプソディ(1985年2月23日・3月2日)
  • 木曜ドラマストリート(フジテレビ)
  • 日曜劇場(TBSテレビ)
    • 誰かが来るまで(1986年7月6日) - 主演
    • 芸者と第九交響曲(1987年1月25日)
  • 月曜ワイド劇場(テレビ朝日)
    • 美人母娘3人、ああ華麗なる結婚サギ(1986年1月27日) - 主演・川原千秋[158]
    • 美人母娘3人、ああ華麗なる結婚サギII(1986年9月1日) - 主演・川原千秋[159]
    • 美人母娘3人、ああ華麗なる結婚サギ(1987年11月12日・19日) - 主演・川原千秋[160]
  • 水曜ドラマスペシャル(TBSテレビ)
    • みちのくハネムーン殺人事件(1987年8月5日) - 主演・山田新子[161]
  • 火曜サスペンス劇場日本テレビ
  • 花王名人劇場関西テレビ
    • 志功の青春記より 夢を彫る男2(1989年5月14日) - 片岡鶴太郎とのW主演
  • 火曜スーパーワイド(テレビ朝日)
    • 国際線スチュワーデス3人旅 シンガポール-香港珍道中!(1989年1月10日) - 主演・真紀
    • 国際線スチュワーデス3人旅II シンガポール-マレーシア珍道中!(1989年11月28日) - 主演・真紀
    • 24歳おんなだけの露天風呂 木曽路-高山祭り-奥飛騨温泉-雪の穂高(1990年3月6日) - 主演・吉村理絵[167]
  • 妖艶時代劇スペシャル 女忍かげろう組(1990年4月7日、日本テレビ) - 胡蝶 役
  • 世にも奇妙な物語(フジテレビ)
  • 火曜ミステリー劇場(テレビ朝日)
    • 狙われた花嫁(1990年10月23日) - 主演・立美
  • 痛快時代劇スペシャル 勢揃い清水一家 次郎長売り出す(1992年9月29日、日本テレビ)
  • 土曜ワイド劇場(テレビ朝日)
    • ビキニライン殺人事件(1988年9月24日) - 主演・谷典子
    • 火の国殺人行(1989年10月28日) - 主演・早瀬奈々[169]
    • 知床旅情殺人事件(1990年1月27日) - 主演・北代悠子
    • 瀬戸内海深夜航路の女(1990年5月12日) - 主演・水野沙樹子
    • 京都・天の橋立殺人事件(1992年1月25日) - 主演・町村佐知子
    • かえ玉結婚式殺人事件(1992年2月15日) - 主演・影山純
    • 博多発10時43分長崎本線の女(1992年7月25日) - 主演・深山英恵
    • 京都-飛鳥路の旅殺人事件(1992年11月14日) - 主演・中川亜矢子[170]

映画

吹き替え

音楽番組・バラエティー番組・その他

ラジオ

インターネット動画

  • つか金フライデーDOUGA(2011年6月3日 - 9月1日配信、フジテレビ) - 無料動画サイト
  • 未来へ“A・RU・KU”コンサート2023〜柏原芳恵の喫茶☆歌謡界〜こんなMC見たことない!?(2023年8月10日 - 8月17日配信)[229]
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ミュージカル・舞台・ディナーショー・コンサート

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個展

  • 魅完成展(1999年、玉川髙島屋
  • 魅完成展(2000年、横浜髙島屋)
  • 魅完成展(2005年、日本橋髙島屋)

受賞歴

脚注

外部リンク

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