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FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル
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『FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル』(エフエヌエスばんぐみたいこう なるほど ザ・はる あきのさいてんスペシャル)は、フジテレビ系列で毎年の春と秋の番組改編期に放送されていた日本の特番。かつての人気クイズ番組である『なるほど!ザ・ワールド』をメインに据えて放送されていた。1983年(昭和58年)春から1995年(平成7年)秋まで放送された(『なるほど!ザ・ワールド』をメインとした放送は1995年春までだが、対戦形式は1996年(平成8年)の『FNS超テレビの祭典』まで変わらなかった)。司会は『なるほど!ザ・ワールド』と同じく愛川欽也と楠田枝里子である。
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概要
- フジテレビおよびFNS系列の主要人気番組・新番組の出演者などが集まり、形態を変えつつ1979年春から2009年秋まで約30年に渡って「春秋の祭典」のタイトルで放送された特番である(前身の『オールスター春秋の祭典スペシャル』から数えれば約40年になる)。
- 1960年代末に『オールスター春秋の祭典スペシャル』として開始(当初は「世紀の祭典」というタイトルで放送されており、1969年には大晦日にも日劇からの中継形式で放送されている。この頃の司会は各回の構成によって異なっていたが主に高峰三枝子、前田武彦、芳村真理、小川宏、小林大輔らが担当)。当初は大物俳優・歌手などが集結して歌謡ショーなどが中心だったが、1979年の「春の祭典」からフジテレビ・FNS系列の人気番組・新番組の出演者が集まる格好となり『オールスター家族対抗歌合戦』が主体となり番組対抗歌合戦がメインだった(この時の司会は『〜家族対抗歌合戦』と同様、萩本欽一だった。『なるほど!ザ・ワールド』自身も参加したことがある)。その後、1982年秋にクイズ番組にリニューアル、そして1983年春に当時、人気・視聴率が急上昇していた『なるほど!ザ・ワールド』をメインに据え、『春秋の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル』がスタートした。当初は各番組チームが『なるほど!ザ・ワールド』のクイズに挑戦する形式だった。1984年秋からは『FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル』に改題、ブロック制を導入し、各番組からのクイズも出題されるようになった。
- クイズとしては『なるほど!ザ・ワールド』を主体に進めていくが、途中でフジテレビの人気番組をブロックとして放送していた(『平成教育委員会』、『笑っていいとも!』、『クイズ!年の差なんて』など)。その際の司会はその番組の司会者が務めている。原則としてA、B、Cの3つのブロックがあり(1990年春は例外)、各ブロックの終了の時点で1番席にいるチーム(または最も得点の高かったチーム)が決勝進出した。また、全ブロックの終了後に敗者復活戦があり、ここで勝った1チームないし2チームも決勝進出した。なお中期になると、決勝進出チームは敗退チームの中から1 - 2名助っ人として参加させることがあったが(ただしチームが優勝しても、助っ人は賞品を貰えない)、数年後にやめてしまった。
- クイズの中には、稀に出場者が司会をしている別の番組から出されることがあったが(例:タモリが『笑っていいとも!』チームに参加した時、『タモリのボキャブラ天国』から問題が出された)、その時は、当該の出場者が「答えを知っている」と誤解されることを防ぐためにあらかじめ愛川が「この問題は別な所で作っておりますので、○○さんは答を知りません」と断ってから問題を出した。
- 優勝チームは決定後、1番の解答席に吊るされたくす玉が割られて(この時紙テープとともに「優勝」と大きく書かれた垂れ幕が掲げられた。『なるほど!ザ・ワールド』の特別企画の時にも同様にくす玉割りがあった)開始当初から1988年秋までは通常の『なるほど!ザ・ワールド』と同じ4つのボックスを選ぶ権利があり、それぞれに「★」「の」「祭」「典」(初期、★は春または秋が入る)「な」「る」「ほ」「ど」(後期)と書かれたボックスから1つ選ぶ。賞品は通常より豪華だった。1989年春から1994年秋までは旅行(1994年秋以降は賞金100万円、ゲームに失敗すると半額の50万円)獲得ゲーム(1993年秋までは『クイズ!年の差なんて』の年の差ボード。1994年春と秋はトランプマンのマジック)に挑戦していたが、1995年秋以降は廃止され、無条件で賞金を獲得できるようになった。
- 放送時間は当初は2時間番組だったが、タイトルを改題した1984年秋から3時間に拡大、1992年秋からは3時間半になった。なお、1994年秋は例外的に4時間だった。
- チーム数は開始当初から1991年秋までは12チーム、1992年春から1995年春までは15チーム、1995年秋は13チームだった。
- 回によっては赤坂プリンスホテルクリスタルパレス、東京プリンスホテル鳳凰の間、新高輪プリンスホテルの大宴会場「飛天」を借り切って収録されていたが、ほとんどはフジテレビ内のスタジオにて収録された。
- 『スーパークイズスペシャル』(日本テレビ)などの他局の番組対抗特番に比べ、「3年前にフジテレビの月曜9時に放送されたドラマは何でしょう?」のようなフジテレビを普段から見ていないと正解できないような問題も多く出される傾向があり、これについては賛否両論だった。
- 1990年代以降、オープニングにフジテレビに関する○×クイズを行うことが多かった。そこでナレーションを行うフジテレビアナウンサーは、「このクイズでフジテレビへの愛着度を確認します」(回により微妙に言い回しは異なる)と言ってプレッシャーを与えるのがお決まりになっていた。
- 放送曜日は月曜日(1992年秋、1994年春は例外でレギュラー放送と同じ火曜日)で、番組のラストには総合司会の愛川と楠田が翌日(火曜日での放送の場合は来週)の『なるほど』の番宣を行っていた。
- 月曜日で放送される場合、クロスネット局では遅れネットとして対応した。また、『クイズまるごと大集合』(TBS)が放送されていた期間は当番組の翌日に放送されることがしばしあった。
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出場番組の構成
以下の出場番組の構成は以後の2000年の「秋の祭典」まで、ほとんど系統を受け継いた。
- テレビドラマ
- 春・秋に放送開始するフジテレビ制作の主な連続ドラマは移り変わりが激しいため、水曜20時台時代劇(『鬼平犯科帳』、『銭形平次』)や『スケバン刑事シリーズ』以外はほとんど1回きりの参加。他には『金曜エンタテイメント』、『花王名人劇場』などの単発ドラマや関西テレビ制作・月曜夜10時枠の連続ドラマからエントリーされたこともある。
- 『ボクたちのドラマシリーズ』からは、ラインナップに挙がっている4つのドラマの主演俳優陣で参加した。
- 長年日曜朝で放送された特撮ドラマ『東映不思議コメディーシリーズ』関係は、1回も参加しなかった。
- バラエティ・クイズ・音楽
- 『ごきげんよう』『ミュージックフェア』『夜のヒットスタジオ』といった司会者しか存在しない番組は、『なるほど!ザ・ワールド』で回答者を務めたゲストを含めたチーム編成で参加した。
- 関西テレビ制作からは『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』が常連参加。1994年春には『新伍&紳助のあぶない話』が参加した。
- ニュース・ワイドショー・情報
- 報道からは二つのニュース番組の連合チームで参加することがあった。
- 児童向け
- 『あっぱれさんま大先生』がほぼ毎回のように参加。『ひらけ!ポンキッキ』は毎回出題側に回っていた。
- テレビアニメ
- 複数のレギュラーアニメ番組の担当声優の連合による「声優チーム」として参加。1988年以降は参加しなくなり、以後現在に至るまで、フジテレビの期首特番にはアニメ声優は参加していない。
- その代わり、1989年から不定期に「声優あてクイズ」を行い、またアニメキャラが出題ナレーションを担当したことがあった(後述)。
- スポーツ中継
- フジテレビが独占放送している「バレーボールワールドカップ」からはその時期のキャスターが参加した。
- 映画
- フジテレビが製作に関与した新作映画の出演者がエントリーされることもあった。
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歴代総合司会(1983年春 - 1984年春、1995年秋も含む)
出題リポーター
通常、『なるほど!ザ・ワールド』で解答者で参加している芸能人がレポートを担当。
ナレーター
『なるほど!ザ・ワールド』で担当しているみのもんたと野沢雅子、また中期から、フジテレビで放送されているテレビアニメのキャラクターも担当する様になった。
フグ田サザエ(『サザエさん』。声 - 加藤みどり))、バカボンのパパ(『平成天才バカボン』。声 - 富田耕生)、木手英一とコロ助(『キテレツ大百科。声 - 藤田淑子・杉山佳寿子)ほか。なお野沢ナレーターも、孫悟空や孫悟飯(『ドラゴンボール』シリーズ)の声で担当する事があった。
アシスタント
トランプマンほか
出場チーム(1983年春 - 1984年春、1995年秋も含む)
要約
視点
1983年
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- 春の祭典(春の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル)
- 秋の祭典(秋の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル)
1984年
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- 春の祭典(春の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル)
- 秋の祭典
1985年
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- 春の祭典
- 秋の祭典
1986年
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- 春の祭典
- 放送日:1986年3月31日月曜日
- 放送時間:19:00 - 21:48
- 決勝戦は敗退チームから1人補充することが許され、『スケバン刑事II』は桂三枝を、『ライスカレー』は山田邦子をそれぞれ指名した。
- 優勝は『スケバン刑事II』+桂三枝チームで賞品は『なるほどボックス』でプレゼントされた。
- 秋の祭典
1987年
- 春の祭典
- ビートたけしが前年の「フライデー襲撃事件」のために謹慎、そのため『ひょうきん族』チームは不参加となった。なおたけしは1989年春大会は参加したが、その後1991年まで当番組に参加せず、1992年春大会に『たけし・逸見の平成教育委員会』コーナー担当として復帰。
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- 優勝は『夜のヒットスタジオDELUXE』で賞品は『なるほどボックス』で選んだ賞品をプレゼントされた。
1988年
- 春の祭典
- 決勝戦は敗退チームから1人補充することが許され、『志村けんのだいじょうぶだぁ』は加藤茶を指名し、加トケンコンビのツーショットが観られた。
- 秋の番組スペシャル
★印は決勝進出チーム。
- この回は、昭和天皇病状悪化による自粛ムードのため、『祭典』が使えずに改題した。
- この回は各ブロック5番席まで最初に数字にまつわるクイズを出題し、1番から順に聞いて正解した場合は次の問題は1番からではなく、正解した席番の次の席番から聞いていくシステム。各ブロック6問ずつ出題(通常問題3問、ジャンピングチャンス3問)。
- 優勝は『ヒットスタジオDX』チームで(『金太十番勝負!』チームから浅香唯と田原俊彦を助っ人に呼んだ。)、賞品は次の通り。「なるほどボックス」は最後の登場。
1989年
- 春の祭典
- 放送日:1989年3月27日月曜日
- 放送日時:19:00 - 22:18
- それまでクイズは『なるほど!ザ・ワールド』だけだったが、今回から他のクイズ番組からも出題、今回と同年『秋の祭典』ではブロック戦のラスト問題(ジャンピングチャンス)で、『クイズ!年の差なんて』(出題ナレーター:山本百合子)から「見返り美人」を出題したが、オリジナル版の出題女性は3名(後に4名)であるのに対し、当番組では『なるほど』の「恋人選び」と同じく8名に増やした。
- 決勝戦は敗退チームから1人補充することが許され、『とんねるずのみなさんのおかげです』は宮沢りえを、『女ねずみ小僧』は柴俊夫を、『北の国から'89帰郷』は布施博をそれぞれ指名した。
★印は決勝進出チーム。
- 優勝は最後の出場となった『オレたちひょうきん族』チーム.
- この回から賞品決めは『クイズ!年の差なんて』の『年の差ボード』を使用(山田がチームで出演しているので愛川が仕切り役)。この時期は絵柄で合わせるのではなく、縦の「A」「B」「C」「D」で合わせるものだった。『ひょうきん族』チームは「A」「B」「A」を指定、結果は次の通り。
- 結果は「全員」「赤坂プリンスホテル」「行けるかもしれない」となったが、「あんまりなので」(愛川曰く)、赤坂プリンスホテルの食事券が贈られた。
- 視聴率は歴代最高の31.4%
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- ブロック戦ラスト問題は、今回も『春の祭典』に引き続き『年の差なんて』からの「見返り美人」。今回は『ドラゴンボールZ』の鶴ひろみ・『キテレツ大百科』の荘真由美・『おそ松くん』の松井菜桜子を当てるもの。また出題映像では、『DBZ』・『キテレツ』・『おそ松』で過去放送された映像を再使用し、台詞を新録して放送した。
- この回と次回(1990年春)の敗者復活戦は『おいしいフライパン』→『生島ヒロシのもっと・自由な生活』の生島ヒロシが仕切る。内容は生き残り式の二者択一クイズで、代表者は正解だと思う場所に移動、正解すれば残り、不正解は失格、これを繰り返し、最後まで残った代表者が所属するチームが敗者復活(5番席)となる。なお残った代表者が2名(2番組)になったら、必ず決着を付けるために、まず代表者同士でじゃんけんをして、勝った方は正解と思う場所に移動、負けた方は残った方に移動となる。
- 優勝チームは『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』。同チームが挑戦した「年の差ボード」は次の通り。
- 『爆笑クリニック』チームは全てAを指定、結果は「2人」「ハワイ」「行く準備をする」で、スーツケース2台が贈られた。
1990年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- この回はブロック制ではなく、最初に数字にまつわるクイズを出題し、正解または近似値で一番近いチームが無条件で決勝の1番席進出となる。次に決勝2番の席争奪戦に進出する2チームを決めるが、数字クイズの2番手から順に解答を聞きに伺う(次の問題からは正解した次に近いチームから)。正解した2チームで2番の席を争奪するが、先に2問正解すれば決勝2番席進出となる。決勝3・4番席を決める場合もほぼ同様。5番席は敗者復活戦で決めていた。
- 決勝戦の最終問題は「恋人選び」による選択問題だったが、10人中9人を選んでも正解が出ず最後に残った土井たか子を1番席の「志村けんのだいじょうぶだぁ」が選んでの幕切れとなった(このとき志村けんは優勝の可能性がない4・5番席に正解してもらう他力本願を狙っていた)。
- 番組終了後、同日の深夜に明石家さんまと楠田枝里子の司会で『なんだかナ〜!深夜の祭典スペシャル』が放送された。文字通り深夜番組が集まっての大会で、クイズ内容は『春の祭典』内で起きた事を答えるもの。その結果『オールナイトフジ』チームが優勝。同チームは『秋の祭典』(下記)に参加出来る資格が与えられた。
- なんだかナ〜!深夜の祭典スペシャル
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- 半年間番組を休んでいた「とんねるずのみなさんのおかげです」が復活。番組紹介時に半年間の穴を埋めてくれたウッチャンナンチャンに対して、自分が休んで出たドラマがコケた事をネタにしつつ「ウッチャンナンチャンには迷惑かけましたぁ!」と挨拶し、ウッチャンナンチャンが席を立って会釈するシーンがあった。
- 上記の他にも敗者復活戦で木梨憲武と内村光良が最後まで一緒に残っており、ハイタッチするシーンもある。また待機席では石橋貴明と南原清隆が会話してるシーンも放送された。
1991年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- ブロック戦はほとんど書き問題であったため、全てのブロックで4番席から1番席へ一気に上がるという現象がみられた[注釈 4]。
- この回の放送日はテレビ新広島以来15年半ぶりの系列新局である岩手めんこいテレビがこの日開局した記念すべき放送で、岩手県からも地元の関係者・一般代表者が名産品を持ってスタジオに駆けつけたというエピソードがある(テロップでも岩手めんこいテレビが開局した旨のロールスーパーが流れていた)。
- 決勝での八者択一にてとんねるずが答える際に木梨憲武がパネルにいない男性芸能人の名前を答えるボケを行い、愛川に注意を受ける事態が起きた。
- またオープニングで各チーム入場する際にとんねるず・石橋貴明が何故か大道具などで使う巨大な脚立を持って入場し、チームが座るテーブルの前に置いたところ、愛川に「とんねるずチームは脚立を片付けくださーい!」と注意される。
- とんねるずは番組内で収録中なのにも関わらず、インスタントカメラで事あるごとに記念撮影を行っていた。(タモリや山田邦子などの共演者はノリノリで撮影に応じていた)
- 「世界の常識・非常識!」チームは当初ダウンタウンとして出演予定だったが、浜田雅功は体調不良により欠席し、松本人志が単独で出演している。
- 敗者復活戦は前回の秋の祭典に続き、またも「とんねるずのみなさんのおかげです」チームが勝ち抜く。どちらの回でも代表者は木梨憲武であった。
- 優勝はAブロックの『だいじょうぶだぁ』。この回の「年の差ボード」はこの通り。
- 『だいじょうぶだぁ』チームは「サクラ」「イカ」「モモ」「ゾウ」を指名、結果は次の通り。
- 結局『だいじょうぶだぁ』は賞品を獲得出来ず、『だいじょうぶだぁ』優勝を当てた『やるならやらねば』チームがテレフォンカードを獲得した。
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- 出場チーム:12組
- ブロック戦は4チームずつ3ブロックに分かれて行い、各ブロックのトップが決勝進出
- また、各ブロックで最終的に4番席に座っていたチームは「残念賞」として『志村けんのだいじょうぶだぁ』の「人間ルーレット」に挑戦し、止まったところの賞品が贈られた。賞品は「新高輪プリンスホテルの宿泊券」・「マツタケ」・「柿の種」・「『目玉マーク』(フジテレビのマーク)をあしらった菓子」の4種類で、通常放送での「けんちゃん賞」(海外旅行)と「マーシー賞」(国内旅行)は無かった。受賞チームと賞品は次の通り。なお「ルーレットマン」は通常放送のルーレットマンではなく、4番席チームの代表者がルーレットマン役になった。
- この回から桂三枝が『クイズ!年の差なんて』チームで出場したため、それまで出場していた『三枝の愛ラブ!爆笑クリニック』チームは今回から1994年春まで不参加となった。その代替として、関西テレビ制作枠からの出場は月曜22時ドラマ、花王ファミリースペシャル枠内のスペシャルドラマがエントリーされた。
1992年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- この回から各ブロック5チーム参加に変更。ブロックの決勝進出チームも2チームに変更。(1994年秋を除く)
- この回から1994年の春の祭典まで『たけし・逸見の平成教育委員会』がBブロックの全問題の出題を担当するようになった。その『平成教育委員会』では、『SOUND ARENA』から徳光和夫が「生徒」(解答者)として参加するという、当時のオリジナル版『平成教育委員会』では絶対に出来ない事が起きた[注釈 6][注釈 7]。
- 優勝は『志村けんのだいじょうぶだぁ』チームで、史上最多の4回目の優勝。そして挑戦した「年の差ボード」は次の通りだが、今回は韓国焼肉系で統一。
- 『だいじょうぶだぁ』チームは『ワカメスープ』『サンチュ』『タン塩』『冷麺』を指定。結果は次の通り。
- 結局『だいじょうぶだぁ』チームは賞品を獲得出来ず、優勝を当てた『ジュニア・愛の関係』チームが「大きな貯金箱」を獲得した。
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- 前日9月28日(月曜)に、『爆笑!秋の特別企画 第24回オールスターものまね王座決定戦!!スペシャル』(19:00 - 21:24)と月9ドラマ『君のためにできること』(最終回。21:30 - 22:24)がそれぞれ編成されたため、初めて月曜以外に放送。フジテレビ期首特番で月曜以外に放送(および火曜放送)されたのは、1978年10月10日に『火曜ワイドスペシャル』として放送された『オールスター秋の祭典スペシャル』[注釈 8](19:30 - 21:24)以来14年振り。(奇しくも裏番組に『ギミア・ぶれいく』(TBS)の最終回と重複してた。)
- 『ごきげんよう』は『いただきます』時代を含めても初の優勝であり、優勝時には番組始まって以来の外馬予想的中チームなし(「笑っていいとも!」と「うれしたのし大好き」が1チームずつ、残りは「誰かが彼女を愛してる」と「年の差なんて」と予想していた)という事態となり「年の差ボード」の誰の部分(3つのうち、2つが「優勝チーム」・一方は「外馬チーム」が書かれている)を優勝チームを引当て、見事チーム全員でドイツ旅行を獲得した。決勝で最初1番席に座っていた「年の差なんて」の司会の二人(三枝と山田)は相当悔しがっていた。
- この回の「年の差ボード」の構成は次の通り。
- 『ごきげんよう』チームは「サザエ」「ガチャピン」「孫悟空」「八木亜希子」を指名。結果は次の通り。
- 視聴率は29.9%。
1993年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- その他の出演者
- あっぱれさんま大先生 = 明石家さんまと子供たち
- プロ野球ニュース = 加藤初、中井美穂
- 三枝の愛ラブ!爆笑クリニック = 桂三枝、細川ふみえ
- タモリのボキャブラ天国 = タモリ、小島奈津子
- 辰巳琢郎のくいしん坊!万才 = 辰巳琢郎
- タイム3 = 笠井信輔、須田哲夫
- ムツゴロウとゆかいな仲間たち = 畑正憲
- とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンの3組が初めてそろって出演。ただし、3組の特別な絡みは見られなかった。
- 優勝はCブロックの『みなさんのおかげです』。この回の「年の差ボード」構成はこの通り。
- 『みなさん』チームは「強」「銭形平次」「トッシー」「露木」を選んだ結果、「大分旅行」を1人分獲得した。
- 視聴率は29.4%。
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
- Bブロックの『たけし・逸見の平成教育委員会』から出題コーナーでコーナー司会を担当していた逸見政孝が病気療養(同年12月25日に死去)のため降板し、代わって当時『タイムアングル』の司会者の1人だった須田哲夫アナが代行した。
- 後述の「年の差なんて」が優勝した際、優勝チームでの「年の差ボード」による賞品決めで通常の「年の差なんて」司会の三枝・邦子ではなく、「なるほど!」司会の愛川・楠田が進行を務め、「年の差なんて」チームは「ミラノ旅行」を獲得した。なお、「年の差ボード」での賞品決めはこの回で終了となった。
- この回の「年の差ボード」は次の通り。
- 「年の差なんて」チームは「構成作家」「ウッチャンナンチャン」「警備」「中井美穂」を指名。結果は次の通り。
1994年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- 1992年秋以来1年半ぶりの火曜放送。前日3月28日に『涙と感動をもう一度!フジテレビドラマ最終回一挙公開スペシャル!!』(19:00 - 20:54)、月9ドラマ『この世の果て』(最終回、21:00 - 21:54)、KTV制作月10ドラマ『愛と疑惑のサスペンス 最終回スペシャル』(22:00 - 23:24)が編成されたため(この日は裏番組に『ザ・ベストテン同窓会』(TBS)と重複してた。)。
- 『ダウンタウンのごっつええ感じ』は過去3回連続予選最下位を反省し強化合宿(本家そっくりのセットを作り、トランプマンを呼んで席選びの特訓をやったり、「恋人選び」などを行ったりした)を行って番組に挑んだが、概ねのメンバー(ダウンタウンを除く)が多かった為に結果はCブロック4位に終わり特訓の成果はなかった。
- この回から1995年の春までの3回はトランプマンと対決。この回は当てれば賞品が豪華(箱根旅行→沖縄旅行→バリ島旅行)になるが外すと賞品が没収となり、代わりに残念賞としてなるほど!ザ・ワールドのスポンサー旭化成から「点心」セットが贈られた。
- 1993年10月から『なるほど!ザ・ワールド』のタイトルロゴが新しくなりこの回からは!の下の丸い中にザを入れたタイトルロゴに一新し、1995年の春の祭典まで使用された。
- 『古畑任三郎』は『ボキャブラ天国』からの出題だけであって、本選出場はしていない。
- 視聴率は26.5%。
- 秋の祭典
★印は決勝進出チーム。
(出題番組) 「第26回オールスターものまね王座決定戦!!スペシャル」ダチョウ倶楽部、斉藤ルミ子 「ムツゴロウとゆかいな仲間たち」畑正憲 「タモリのスーパーボキャブラ天国」小島奈津子 「ケンカの花道」松本明子、中井美穂 「週刊スタミナ天国」田代まさし、西山喜久恵 「おそく起きた朝は…」松居直美、森尾由美、磯野貴理子 「ゴールデン洋画劇場」高島忠夫 「山下真司のくいしん坊!万才」山下真司 (海外リポーター) 堺正章、薬丸裕英、山瀬まみ、細川ふみえ、田代まさし、トランプマン (国内リポーター) ピンクの電話、島崎和歌子 (総合ブロック リポーター) 「スターどっきり㊙報告」小野ヤスシ 「平成教育委員会」ラサール石井、渡嘉敷勝男、奥山佳恵 「上岡龍太郎にはダマされないぞ!」岩井由紀子 「めざましテレビ」大塚範一 「おはよう!ナイスディ」東海林のり子、奥山英志 (○×クイズ出題司会) 露木茂 (敗者復活戦司会) ダチョウ倶楽部
- この回のみ各ブロックの最終問題終了時に1番席を座ったチームが決勝進出。その後「総合ブロック」(本番前に実施、代表者により握力・肺活量とチーム全員によるカーパニック・ミックスジュース中身当て・クイズを2問出題)で上位2チーム、敗者復活戦(1部・PKゲーム これも本番前に実施/2部・『笑っていいとも!』の「寿司アンルーレット」)でPKゲームの最高得点を獲得したチームと寿司アンルーレットで勝ち残ったチーム、計7チームが決勝進出(「総合ブロック」「敗者決定戦・1部」は事前収録で既に決勝進出したチームは除外した)。
- たけしがバイク事故の療養で欠席したため『平成教育委員会』チームは出場および同番組からのクイズ出題は見送られた。総合ブロックでは生徒役のラサール石井・奥山佳恵・渡嘉敷勝男がリポーターとして参加。その他、月10ドラマ『妊娠ですよ』は出場を見送られた。
- 決勝戦ではとんねるずとダウンタウンが初共演を果たした。最終問題でダウンタウンの浜田雅功がとんねるずの席に歩み寄り「もう時間ちゃうかな」とツッコミをいれ、とんねるずの2人が苦笑いを浮かべるシーンがあった。余談だがこの日の新聞のテレビ欄に「とんねるずVSダウンタウンついに全面戦争!」と書いてあった。2014年3月31日放送の『笑っていいとも! グランドフィナーレ 感謝の超特大号』で、約20年ぶりの共演が実現した。
- ダウンタウンの松本人志が後日『週刊朝日』の連載(オフオフ・ダウンタウン)の中で「編集でオレの大笑いを誰かのギャグ(ナインティナインの岡村隆史だと思われる。あっぱれさんま大先生の生徒達が一人ずつ自己紹介する中、岡村がその中に紛れて「岡村です!」と叫び、明石家さんまに突っ込まれるというもの)の後につなぎやがったからたまらない」とご立腹の文章を書いていた。また日本テレビ系『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』のフリートークにおいてもこの事を話していた。
- Cブロック・最終問題 ジャンピングチャンス・ババ抜き8合わせ(通常の「ババ抜き5・6合わせ」のスペシャルバージョン)で『ダウンタウンのごっつええ感じ』がババを避け見事に全問正解し決勝進出。
- Bブロックの「ババ抜き8合わせ」は、アニメキャラと声優を合わせるというもので、スタジオには1987年秋以来7年振りにアニメ声優が登場した。出演は、『ドラゴンボールZ』の堀川亮』(ベジータ役)、『キテレツ大百科』の龍田直樹(ブタゴリラ役)、『蒼き伝説シュート!』の緑川光(田仲俊彦役)、『幽☆遊☆白書』の田中真弓(コエンマ役)、『ツヨシしっかりしなさい』の片岡富枝(井川美子役)、『サザエさん』の野村道子(磯野ワカメ役)、『七つの海のティコ』の林原めぐみ(ナナミ役)、『キャプテン翼J』の小粥よう子(大空翼役)の計8名で、小粥が「ババ役」となった。なお声優登場の際のBGMは『ふしぎの海のナディア』挿入歌にして、後年『新伍&紳助のあぶない話』の初代OPテーマとなった『どうしてそうなの?』。
- 1992年9月の『秋の祭典』以来2度目の外馬予想的中チームなし(2チームは『夢がMORI MORI』、残りのチームが『とんねるず〜』と『ダウンタウン〜』の2チームのどちらかを予想していた)。
- また『半熟卵』チームが優勝し、トランプマンのゲーム(4つのエースから剣を刺した1つのカードを当てるゲーム)を行ったが、トランプマンが失敗(2枚ともエース以外のカード)をしてしまい、愛川の判断により無条件で賞金100万円獲得。翌日放送のなるほど!ザ・ワールドでやり直しをした。視聴率は24.4%。
1995年
- 春の祭典
★印は決勝進出チーム。
- ほぼ毎回出演していた明石家さんまととんねるずとダウンタウンが、この回から番組チームの出場者としては出演しなくなった[注釈 9]。その一方で、ビートたけしが1994年春大会以来1年ぶりの復帰と同時に『平成教育委員会』のエントリーと出題復帰となった。
- 長年にわたり参加した『愛ラブ!爆笑クリニック』も、この年の秋に終了したため結果的にこの回が最後のエントリーとなった。
- 1995年の2回は最終問題時、4番席以下のチームは失格となり3チームで最終問題を答えることになった。ところが3チームとも最終問題に正解出来ず終了かと思われたが、重苦しいことになりかねないことで急遽「サドンデス」用の問題を出題(出題は2番組のテーマ曲を同時だったのを1番組のテーマ曲を解答)し決着をつけた(Aブロックの最終問題は早押しだったので5番席に居たチームが決勝進出の可能性がないので失格・5位決定となった)。
- この回は各ブロックの優勝チームに賞金30万円が贈られ、最終問題終了時での全面表示では「○ブロック優勝 ××チーム」と表示。その後、下面表示では「××チーム、△△チーム決勝進出」と表示した。
- 前述の主要出演者の欠席や本家の『なるほど!ザ・ワールド』の低迷や当時のフジテレビの番組の勢力が日本テレビに押され低調気味だった事などの影響で盛り上がりに欠けたことは否めず視聴率は19.7%という低調な結果に終わった。そして、『なるほど祭典』としてはこの回が最後の放送となった。
- 視聴率は19.7%。
- 秋の祭典(1995FNS番組対抗!ザ・秋の祭典スペシャル)
★印は決勝進出チーム。
- Cブロックでは最終ゲーム終了時点で『スタミナ天国』『ごきげんよう』『まだ恋は始まらない』の3チームが同点となり司会者のタモリらが「カズーゲーム」を行い、『スタミナ天国』『ごきげんよう』が決勝進出。しかし、敗れた『まだ恋は始まらない』チームは敗者復活戦に勝ちあがり、決勝・最終問題(『なるほど!ザ・ワールド』からの出題)で同じCブロックの3チームが優勝を賭けた戦いになり結果「まだ恋は始まらない」が優勝となった。しかもこの最終問題の正解も『笑っていいとも!』だった。
- 視聴率は15.9%。
- また、この回から優勝チームの賞品・賞金決めが廃止され、2001年春の『笑っていいとも!春・秋の祭典スペシャル』(いいとも祭典)まで無かったが、2001年秋 - 2010年春の『いいとも祭典』では復活した。
1996年春以降はFNS超テレビの祭典、FNS番組対抗!春秋の祭典スペシャル、笑っていいとも!春・秋の祭典スペシャル、笑っていいとも!新春祭を参照。
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優勝チーム
春秋の祭典なるほど!ザ・ワールドスペシャル
- 1983年春 不明
- 1983年秋
- 優勝 笑っていいとも!
- 2位 月曜ドラマランド (意地悪ばあさん・どっきり双子先生)
- 3位 三枝の愛ラブ!爆笑クリニック
- 4位 平岩弓枝ドラマシリーズ(湖水祭)
- 1984年春 不明
FNS番組対抗!なるほど!ザ・春秋の祭典スペシャル
- 1984年秋 青い瞳の聖ライフ(TVドラマ)
- 1985年春 不明
- 1985年秋 不明
- 1986年春 スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説(TVドラマ)
- 1986年秋 笑っていいとも!
- 1987年春 TVハッカー
- 1987年秋 夜のヒットスタジオDELUXE
- 1988年春 志村けんのだいじょうぶだぁ
- 1988年秋 夜のヒットスタジオDELUXE
- 1989年春 オレたちひょうきん族
- 1989年秋 三枝の愛ラブ!爆笑クリニック
- 1990年春 志村けんのだいじょうぶだぁ
- 1990年秋 チョット待った!!
- 1991年春 志村けんのだいじょうぶだぁ
- 1991年秋 ホテルウーマン(TVドラマ)
- 1992年春 志村けんのだいじょうぶだぁ
- 1992年秋 ごきげんよう
- 1993年春 とんねるずのみなさんのおかげです
- 1993年秋 クイズ!年の差なんて
- 1994年春 クイズ!年の差なんて
- 1994年秋 半熟卵(TVドラマ)
- 1995年春 学校では教えてくれないこと!!
FNS番組対抗!ザ・秋の祭典スペシャル
- 1995年秋 まだ恋は始まらない(TVドラマ)
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備考
山形テレビが1993年4月1日付けでテレビ朝日系列フルネット局への移行を控えていたために、同年3月29日に放送された「1993年春の祭典」は山形県では放送されず、フジテレビの遅れネット番組や日本テレビの番組の同時ネットで穴埋めすることになった。具体的には、19:00-19:30の時間帯が「まぼろしまぼちゃん[1]」、19:30-20:00の時間帯が「キテレツ大百科[2]」、20:00-21:00の時間帯が「今夜は好奇心!」、21:00-22:00の時間帯が「スーパーテレビ情報最前線[3]」にそれぞれ差し替えられた形だった。
脚注
関連項目
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